表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/69

第四十八話 手が覚えている

言葉より先に、動くものがあります。



裏口の扉を押す。


外の空気が、少しだけ冷たかった。


ロビーの中とは違う静けさがある。


咲也は一歩外に出て、息を吐いた。


短い休憩。


それだけのつもりだった。


ポケットに手を入れる。


指先に触れる感触。


星を抱えたクマのキーホルダー。


無意識に、それを取り出す。


掌に乗せる。


軽い。


小さく、頼りない重さ。


少しの間、見ていた。


それから――


指先で、弾く。


ふわりと浮く。


反射的に、手が出る。


掴む。


その動きが、あまりに自然だった。


咲也は一瞬、止まる。


もう一度。


今度は、少しだけ高く放る。


弧を描く。


落ちてくる。


――来る。


足が、わずかに動く。


重心が乗る。


手が伸びる。


掴む。


ぴたりと収まる。


音もなく。


そのまま、しばらく動かなかった。


視線を落とす。


自分の手。


キーホルダーを握っている。


指先の感覚。


力の入り方。


――今の。


小さく息を吐く。


もう一度、放る。


同じ動き。

同じ軌道。


ずれない。


身体が、覚えている。


考える前に、動いている。


咲也は、手を止めた。


キーホルダーを見つめる。


軽いはずなのに。


さっきより、重く感じた。


ポケットに戻す。


手を離す。


そのまま、何もせず立っている。


風が、わずかに吹いた。


制服の裾が揺れる。


「……何やってんだ」


小さく呟く。


返事はない。


当たり前だ。


咲也は顔を上げた。


夜でも、星は見えない。


ただ、空があるだけだった。


それでも。


さっきの感覚が、残っていた。


手の中に。


消えないまま。


しばらくして、踵を返す。


扉を押す。


中に戻る。


ロビーの音が戻ってくる。


光。

人の流れ。


いつも通り。


咲也はその中へ戻る。


何もなかったように。


――ただ。


ほんのわずかに。


手の感覚だけが、残っていた。



忘れたはずでも、消えてはいない。

その感覚は、静かに残り続けます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ