第四十七話 そのままでいい
変わらない場所。
変わらない時間。
その中で、少しだけ言葉が残ります。
Bar Havenの扉を押す。
ベルが鳴る。
「……いらっしゃいませ」
顔を上げた湊と、視線が合う。
「高宮さん」
「お疲れ様です」
その声に、わずかに肩の力が抜けた。
咲也はいつもの席に腰を下ろす。
「……お疲れ様」
短く言う。
「いつもの、でよろしいですか」
「ああ」
グラスに氷が落ちる。
カラン、と静かな音。
酒が注がれる。
差し出されたそれを受け取る。
一口、飲む。
沈黙。
いつもの時間。
――のはずだった。
グラスを見たまま、口を開く。
「……向いてるって言われた」
わずかに間が空く。
グラスを拭く手が、わずかに止まる。
「何に、ですか」
静かな声。
「……コーチ」
氷が、小さく鳴る。
沈黙が落ちる。
しばらくして。
「そうですか」
それだけ返ってくる。
わずかに、拍子抜けする。
咲也は小さく息を吐く。
「……ないな」
グラスを傾ける。
「今さらだ」
湊の手が、ゆっくり動く。
「そうでしょうか」
咲也はちらりと視線を向ける。
湊はグラスを見たまま言う。
「言われるのは」
少し間。
「理由があると思いますよ」
咲也は何も言わない。
視線をグラスに戻す。
氷が回る。
「……似合わないだろ」
ぽつりと落とす。
湊は少しだけ考える。
それから、言った。
「似合うと思いますよ」
短く、それだけ。
咲也の手が、止まる。
視線が上がる。
湊を見る。
表情は変わらない。
いつも通りだ。
咲也は視線を逸らす。
小さく息を吐く。
「……適当なこと言うな」
「適当ではないですよ」
静かな声。
グラスが置かれる。
「高宮さんは」
少し間。
「人をよく見ていますから」
沈黙。
咲也は何も言わない。
ただ、グラスを傾ける。
氷が鳴る。
「ゆっくり考えたらいいんじゃないですか?」
その声に、手がまた止まる。
どこかで、引き止められると思っていた。
咲也はしばらく黙っていた。
グラスを見たまま。
「……そういう問題じゃない」
低く言う。
だが、強くはない。
湊は何も言わない。
ただ、そこにいる。
静かな時間が戻る。
音楽が流れる。
グラスの音が、かすかに響く。
咲也はグラスを見つめたまま、動かない。
――似合うと思いますよ
その言葉が、残っていた。
消えないまま。
Bar Havenの夜は、静かに続いていた。
急がなくていい。
けれど、何もなかったわけではない。
その静かな変化が、次へと続いていきます。




