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第四十六 消えない言葉

いつも通りの一日。

何も変わらないはずの中で、ひとつだけ残るものがあります。


ロビーは、いつも通りだった。


光。

音。

人の流れ。


何も変わらない。


咲也はフロントのフォローに回り、カウンターの内側に立っていた。


視線を巡らせる。

足を運ぶ。

声をかける。


いつも通りに、動く。


「高宮さん」


スタッフの声。


「こちらお願いします」


「ああ」


短く返す。


歩く。

対応する。

説明する。


一つずつ、正確に。


滞りはない。

問題もない。


――いつも通りだ。


それでも。


ふとした瞬間に、言葉が浮かぶ。


「……コーチ、とか」

「向いてると思うがな」


手が、ほんの一瞬だけ止まる。


すぐに動かす。

何もなかったように。


「こちらでよろしいでしょうか」


客がうなずく。

咲也も小さくうなずいた。


業務に戻る。

思考を切る。


――ない。


あんなもの。

今さらだ。


そう決めたはずだ。


エレベーターの扉が開く。

案内する。


足音が、静かに響く。


「選択肢くらいには入れとけよ」


また、浮かぶ。


小さく息を吐く。


――余計なことを。


誰に言うでもなく、心の中でだけ。


客室前で立ち止まる。


鍵を差し込む。


扉が、静かに開く。


一礼。


扉が閉まる。


静寂。


廊下に、一人残る。


咲也は、しばらく動かなかった。


それから、ポケットに手を入れる。


指先に触れる感触。


星を抱えたクマのキーホルダー。


無意識に、それを転がす。


転がす。


ふと、思う。


――教える側。


神代の言葉が、頭の奥で響く。


手は、覚えている。


ボールの重さ。

縫い目の感触。


指先に残る、あの感触。


咲也は小さく息を吐いた。


「……ないな」


もう一度、口に出す。


確認するように。


それから、ゆっくり手を離す。

ポケットから。


足を踏み出す。


業務に戻る。


ロビーは変わらない。


光も、音も、人の流れも。


何も変わらない。


――ただ。


ほんの少しだけ。


引っかかりが、残っていた。



消したつもりでも、消えない言葉。

それは、少しずつ形を変えていきます。

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