第四十一話 屋上庭園
夜の出来事のあと、少しだけ時間が進みます。
静かな場所で、変わらないものと、変わってしまったものに向き合う回です。
屋上庭園は、思っていたよりも静かだった。
手入れされた植え込み。
いくつか置かれたベンチ。
街の音は遠く、風だけが通り抜けていく。
咲也はフェンスのそばに立っていた。
視線は空へ向いている。
昼の空には、星は見えない。
それでも、昨夜のことを思い出していた。
「良い場所だな」
背後から声がした。
振り向く。
神代が立っている。
その後ろに、黒崎もいた。
神代は周囲を見回す。
「悪くない眺めだ」
少し歩いて、隣に並ぶ。
風が抜ける。
しばらくして、神代が口を開いた。
「昨日、あのご婦人にここ教えただろ」
咲也の視線が、わずかに動く。
神代は続ける。
「とても喜んでいたぞ」
「ご主人と一緒に、静かに星が見られたって」
風が、少しだけ強く吹いた。
咲也は目を細め、息を吐く。
「相変わらずだな」
小さく、そう言う。
神代は昔から、女性に優しかった。
誰に対しても。
付き合った相手も多かった。
だが、長くは続かない。
振られるたびに、咲也のところへ来た。
飯を食って、酒を飲んで。
くだらない話をして。
最後には、決まって笑う。
――「やっぱり、お前といるのが一番だよ」
――だから。
勘違いしてしまった。
風が通り過ぎる。
葉が揺れる。
神代がぽつりと言う。
「似合ってるな」
咲也は顔を上げる。
「何がだ」
神代は肩をすくめる。
「その仕事」
咲也は何も答えない。
視線を遠くへ向ける。
街が広がっている。
黒崎は少し後ろに立ったまま、何も言わない。
その視線は、わずかに咲也に向いていた。
風の音だけが残る。
神代が、ぽつりと聞いた。
「楽しいか」
少しの間。
咲也は小さく息を吐く。
「……ああ」
短い答え。
それだけだった。
神代はその言葉を聞いて、わずかに目を細めた。
何も言わない。
風がまた吹く。
空は高く、遠かった。
言葉は多くないけれど、確かに交わされているものがある。
そんな時間を書いてみました。
ここから少しずつ、それぞれの思いが動いていきます。




