表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/73

第四十話 知らない話

少し前に、

この店で交わされた話があります。


まだ、知らない人がいます。




神代が帰ったあと。


Bar Haven は、また静かな夜に戻った。


客はもういない。


カウンターの上には、片付け途中のグラスが並んでいる。


湊はそれを一つずつ拭いていた。


そのとき。


扉が開く。


ベルが小さく鳴った。


湊が顔を上げる。


「高宮さん」


咲也が入ってくる。


「ちょっと長引いた」


店内を見回す。


「まだやってるか」


湊は時計を見る。


「もうすぐ閉店ですけど」


少し笑う。


「一杯くらいなら」


咲也はカウンターに腰を下ろした。


「じゃあ」


「いつもの」


湊は頷く。


氷を入れる。


カラン、と小さな音。


酒を注ぎ、グラスを差し出す。


咲也はそれを受け取り、一口だけ飲んだ。


しばらく黙る。


店には、低い音楽だけが流れていた。


やがて咲也が口を開く。


「……神代」


湊が顔を上げる。


「はい?」


咲也はグラスを見たまま言う。


「ロビーにいた」


湊の手が、ほんの少し止まる。


「そうなんですか」


咲也はグラスを傾ける。


氷が鳴る。


「何しに来たんだか」


少し考える。


偶然立ち寄っただけなのかもしれない。


そう思うと、考えすぎなのかもしれない。


自分でもよく分からない。


咲也は顔を上げる。


ふと、思い出したように。


「ここ、来たか?」


湊は少し考える。


「さあ、どうでしょうか」


それから、ふっと笑った。


「でも」


「焼けちゃいますね」


咲也が顔を上げる。


「咲也さんに、そんなに気にしてもらえるなんて」


「……え?」


咲也は一瞬、言葉を失った。


今、名前で呼ばれた気がした。


じわりと顔が熱くなる。


不意打ちだった。


視線を逸らす。


「……蒼井くん」


「いきなり名前で呼ぶのは……勘弁してくれ」


湊は少し首を傾げる。


「そうですか?」


小さく笑う。


「俺のことも、名前で呼んでいいですよ」


「……!」


咲也は言葉を失う。


グラスを持ち上げる。


氷が鳴る。


「……」


一度、口を開く。


「……み」


そこで止まる。


小さく息を吐く。


「……蒼井くん」


「君、たまに意地悪だな」


湊は小さく笑った。


グラスの中で、氷が静かに鳴った。




同じ夜でも、

知らない話はあるものです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ