第三十八話 星を探す客
星を探す客がいました。
そしてロビーでは、
一人の男が、咲也の働く姿を見つめています。
夕方のロビーは静かだった。
柔らかな照明。
低く流れる音楽。
フロントで外国人の女性客が何かを相談している。
フロントスタッフが少し困った顔で、視線を横に向けた。
「高宮さん、お願いできますか」
ロビーに立っていた咲也が振り向く。
「ああ」
一歩前に出る。
女性客に軽く頭を下げた。
咲也は英語で話しかける。
『こんばんは。何かお困りですか?』
女性客の表情が少し緩む。
初老の女性だった。
落ち着いた服装に、小さなペンダントロケットを下げている。
『星が見える場所を探しているんです』
咲也は少し考える。
この辺りは街灯が多い。
空は暗いが、星がよく見える場所とは言い難い。
だが――
『屋上に小さな庭園があります』
女性客が顔を上げる。
『もしよろしければ、ご案内しましょうか』
女性客は嬉しそうに頷いた。
『ぜひお願いします』
咲也は軽く頭を下げる。
「こちらへどうぞ」
ロビーを歩き出す。
静かな廊下。
エレベーター。
屋上へ出る扉を開ける。
夕暮れの空。
街の光は遠く、いくつかの星がかすかに見えている。
女性客は空を見上げた。
『きれいですね』
咲也も少しだけ空を見る。
『完璧とは言えませんが』
『このホテルは静かですから』
女性客は静かに頷く。
それから胸元のペンダントロケットを開いた。
中には、小さな写真。
女性はそれを空に向ける。
『一緒に見ようと約束していたの』
少し微笑む。
『生きている時には来られなかったけれど』
咲也は女性の横顔を見た。
『そうだったんですね』
女性は写真を見つめながら、もう一度空を見上げる。
咲也は二人の邪魔をしないように、その場を静かに後にした。
⸻
ロビーのラウンジ席。
神代と黒崎が座っていた。
神代がぽつりと言う。
「……見ろ」
黒崎が視線を向ける。
フロントで外国人客と話す咲也。
背筋がまっすぐで、動きに無駄がない。
黒崎が小さく言う。
「英語、普通に話してますね」
神代は咲也を見たまま言った。
「昔と同じだ」
「何がです?」
神代は静かに答える。
「あいつ」
「変わってない」
黒崎は咲也の方を見たまま、小さく笑った。
「そういう人なんですね」
神代は答えない。
仕事が変わっても、あいつは昔のままだった。
驚くくらいに自然体だ。
そのとき、ふと思い出した。
遠征先のホテルだった。
ロビーで、あいつはやけに楽しそうだった。
ベルスタッフの動き。
フロントのやり取り。
興味津々で見ていた。
――引退したらさ
――ホテルで働くのもいいな
神代は小さく息を吐く。
「……そう言えばあいつ」
黒崎が顔を上げる。
「何です?」
神代はロビーを見たまま言う。
「ホテルで働きたいって言ってたな」
――今まで忘れていた。
全ての連絡を断っていたあいつが、
唯一残していた手がかりだったのに。
気づくのが、遅すぎた。
神代は小さく頷いた。
「そうか」
それから、ぽつりと呟く。
「お前はそうだったな」
「咲也」
ロビーの向こうで、咲也はまた客に頭を下げていた。
ホテルの夜は、静かに続いていた。
屋上では、まだ誰かが星を探しているのかもしれない。
街の明かりの中でも、
星は少しだけ見えます。




