第三十三 話 星の続きを
咲也は一度だけ夜空を見上げてから、Bar Havenの扉を押した。
ベルが小さく鳴る。
店の中は、いつもの静けさを取り戻していた。
低い照明。
ゆっくり流れる音楽。
カウンターの奥で、湊がグラスを磨いている。
湊が顔を上げた。
「高宮さん」
少し驚いたような声だった。
「戻られたんですね」
咲也はカウンターの端に立つ。
「……さっきは」
湊が首を傾げる。
咲也は少し視線を外した。
「うるさくして悪かったな」
湊は小さく首を振る。
「いえ」
静かに言う。
「お気になさらなくて大丈夫です」
グラスを拭く手は止まらない。
少しして、湊が続けた。
「お知り合い、なんですね」
静かな声だった。
咲也は短く息を吐いた。
「……ああ」
視線を落とす。
「七年前まで、一緒に野球やってた」
少し間。
「チームメイトだ」
湊が顔を上げる。
それ以上は聞かない。
小さくうなずくだけだった。
咲也はポケットに手を入れる。
指先に、クマのキーホルダーの感触が触れる。
「……蒼井くん」
湊が顔を上げた。
「はい?」
咲也は少し言葉を探すように間を置いた。
「明日」
「休みなのか?」
湊はうなずく。
「はい」
咲也は視線を逸らしたまま続ける。
「妹がさ」
少し間。
「また夕飯どうだって」
湊は一瞬だけ目を丸くする。
「僕も行って大丈夫ですか?」
「……ああ」
咲也は少し肩をすくめた。
「海斗と陸斗も喜ぶからってさ」
「二人、寂しがってるらしい」
湊の表情が少し柔らいだ。
「そうなんですね」
それから少し考えるようにして言う。
「お邪魔じゃなければ」
「ぜひ」
咲也は小さくうなずいた。
「伝えておく」
カウンターの奥で、マスターが静かにグラスを置いた。
それを横目に、湊がほんの少しだけ口元を緩める。
Bar Havenの夜は、まだ静かに続いていた。
止まっていた時間の、続きを。




