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第二十五話 高宮スマイル

カチリと、頭のどこかで音がした。


――あの感覚だ。


グラウンドの音が遠のく。


子どもたちの声も。


風の音も。


すべてが一瞬、消えたようだった。


振りかぶる。


足を踏み出す。


体が、勝手に動く。


――白球が、指先から離れた。


白い線が、一直線に空を裂く。


次の瞬間。


バンッ!!


重い音がグラウンドに響いた。


黒崎の体がわずかに後ろへ持っていかれる。


グローブが震える。


――静まり返った。


誰も声を出さない。


黒崎がゆっくりとグローブを下ろした。


「……おいおい」


手をぶらぶらと振る。


「なんだこの重さはよ」


呆れたように笑う。


「引退してこれか」


「あんた、化け物かよ」


その言葉で、子どもたちが我に返った。


一瞬。


そして――


「すげえええ!!」


「もう一回!!」


「はやい!!」


「さくちゃんすげー!!」


歓声がグラウンドいっぱいに弾けた。


その声を聞いた瞬間。


胸の奥が、ふっと熱くなる。


懐かしい感覚だった。


ずっと遠ざけていたもの。


触れないようにしていたもの。


それが、ゆっくり胸の奥で灯る。


――楽しい。


そんな感覚を、思い出していた。


咲也の口元が、ふっと緩む。


花が開くような笑顔。


子どものような、無邪気な笑顔だった。


その顔につられて、子どもたちがまた笑った。


黒崎が小さく笑う。


「……出たな」


グローブを肩に乗せる。


「高宮スマイル」



湊は息を呑んでいた。


心臓を、ぐっと掴まれたようだった。


ああ。


この人は――


こんな風に笑うんだ。


子どもたちに囲まれて笑う咲也は、

とても眩しくて。


目が離せなかった。



「知ってるか?」


低い声。


振り向くと、いつの間にか黒崎が隣に立っていた。


黒崎はグラウンドを見ながら言う。


「あの顔」


「あれな、高宮スマイルって言うんだよ」


湊は黙って聞いている。


黒崎が続けた。


「高宮さんがな」


「一番楽しそうに野球やってる時の顔だ」


湊は何も答えなかった。


ただ――


咲也から目を離せなかった。



グラウンドの外れ。


フェンス越しに、一人の男が立っていた。


男の目が、大きく開く。


……嘘だろ。


あのフォーム。


あの球筋。


そして――


あの笑顔。


男は動けなかった。


七年。


ずっと探していた。


男は小さく呟く。


「……やっと見つけた」


男の口元が、わずかに歪んだ。


青空の下で。


白球が、もう一度空を飛んだ。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


久しぶりにグラウンドに立った咲也の「高宮スマイル」でした。


そして――

七年ぶりに動き出した人影も。


物語はまだ静かに続きます。

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