第二話 星の名を持つ場所
過去を置いてきた男が、選んだ場所。
静かなホテルでの七年目の夜です。
七年後。
高宮朔也は、星の名を持つホテルに立っている。
レガリア・アストラ青山は、音の少ないホテルだ。
団体客は取らない。
スポーツチームも受け入れない。
喧騒とは無縁の、静かな場所。
――だから、ここを選んだ。
「高宮さん、チェックイン三組です」
「ああ」
ネームプレートに刻まれた“高宮”の文字は、今ではすっかり馴染んでいる。
高宮朔也、四十五歳。
ベルキャプテン補佐。勤務七年目。
元メジャーリーガーだと知る客は、ほとんどいない。
今では、この仕事こそが自分の居場所だと思えるほどになっていた。
スーツの襟を正し、ロビーへ出る。
大理石の床に柔らかな照明が落ち、重すぎないクラシックが低く流れている。
「Welcome to Regalia Astra.」
自然な笑顔で宿泊客を迎える。
笑うことにも、もう慣れた。
客のスーツケースを持ち上げる。
重さは問題ない。肩は、もう痛まない。
エレベーターの中で設備を説明する。
アメリカ仕込みの英語は、今も身体に残っている。
若いスタッフが緊張しているのに気づき、さりげなくフォローを入れる。
「高宮さんがいると安心します」
後輩が小さく言う。
「大げさだ」
そう返しながらも、口元はわずかにやわらぐ。
ロビーに戻ると、ガラス越しに夕暮れがゆっくりと夜へ変わっていく。
ここには歓声もフラッシュもない。
ただ、星の名を持つ建物と、淡々と流れる時間。
それで十分だった。
「高宮さん、そろそろ上がりですね」
「ああ」
時計を見る。二十二時過ぎ。
二階の奥にあるバーの灯りが、今日も控えめに揺れている。
Bar Haven。
帰り道の、ささやかな寄り道。
いつの間にか習慣になった、小さな楽しみ。
今の彼には、それがあればよかった。
朔也のささやかな楽しみ。
その灯りの先にいるのは――。




