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第十九話 白球

公園でのキャッチボール回です。


双子と咲也、そして湊。

青空の下で、少しずつ距離が近づいていく時間を書きました。


この回では、咲也の過去についても少し触れています。

担いでいたスポーツバッグを下ろす。


中には子ども用と大人用のグローブが二つずつ。

それと野球ボール。


大人用のグローブのひとつはだいぶくたびれている。


革は柔らかくなっている。

何度も使った跡が残っている。


咲也はそれを手に取る。


「……良い加減、捨ててもいいんだけどな」


ぽつりとこぼれる。


複雑な心境だった。


「さくちゃーーん!投げて!」


双子は素早くグローブを手に取ると、あっという間に遠くまで走っていった。


「え、流石に届かないんじゃ……」


湊が驚く。


咲也は肩をすくめた。


「まあ、問題ない」


古いグローブを嵌める。


あつらえたようにしっくりくる。


体の奥から、じわりと高揚感が湧く。


それには気づかないふりをした。


軽く振りかぶる。


投げる。


パシッ。


海斗のグローブにボールが収まる。


「すっげえ!さすがさくちゃん!」


「え……」


驚きを含む湊の声。


咲也は聞こえなかったふりをして、海斗の方へ歩いた。


「海斗」


グローブを構えて見せる。


海斗が大きく振りかぶる。


しかしボールは手前で落ちた。


咲也は屈んでそれを拾う。


「よし、いいぞ」


海斗が笑う。


「じゃ、次、陸斗」


ボールを投げる。


パシッ。


陸斗がキャッチする。


陸斗が投げる。


咲也が受ける。


しばらくそんな球の往復が続いた。



それを、湊は少し離れた場所で見ていた。


あの遠投。


投げる前のフォーム。


無駄がなく、綺麗だった。


白球は、まっすぐ空へ伸びていく。


野球をあまり知らない湊にも分かる。


「野球、してたのかな」


その時だった。


「って言うか、元メジャーリーガーだけどね」


声がした。


振り返る。


ベンチに夏希が座っていた。


大きなバッグを軽く持ち上げる。


「お弁当持ってきた」


湊は少し驚く。


「ありがとうございます」


夏希はベンチの隣をぽんと叩く。


「ほら、座りなさい」


促されるまま、湊は隣に腰を下ろした。


夏希は公園の方を見る。


咲也が双子とキャッチボールをしている。


「まあ、あの人は七年前まで投げてたのよ」


湊は驚く。


「……そうなんですか」


知らなかった。

あの人はそんなこと、何も言っていなかったから。


夏希は続ける。


「肩の故障を理由に。でも辞め方があまりに急でね。当時は話題になったわ」


「あの会見は本当に衝撃的だったわ。知らない?」


「ええ。TVとか観てなかったので」


「そうなんだ。珍しいわね」


「ちょっと特殊な家だったので」


「そう」


夏希はキャッチボールをしている兄を見た。


「……兄は、そのあと野球には全然触れなくなって」


「なんだか逃げてるみたいだった」


湊は黙って聞いている。


「キャッチボールだって」


「最近よ」


「子どもたちがやるようになってから」


夏希は小さく笑った。


「でも、やっぱり嬉しそうなのよね」


「野球好きなのよ」


「でも頑なに避けてる」


「なんでかしらね」


少し考えるように言う。


「私は何かあったんじゃないかと思うけど」


「兄は教えてくれないのよね」


湊は静かに頷いた。


夏希は続ける。


「蒼井さん」


「結構めんどくさい兄ですけど」


「どうぞ末長くよろしくお願いします」


湊は少し驚く。


「桐生さん……」


「あなたは知ってるんですか?

その、僕たちが……」


夏希はウインクした。


「男の人が好きってこと?」


湊は目を見開く。


「兄は言わないけど、分かるわ」


「多分母さんも」


「でも一生懸命隠してるから」


「知らんぷりしてあげてるの」


公園を見る。


咲也が笑っている。


「結構、兄さん自分を蔑ろにするから」


「あなたみたいな人がそばにいてくれたら

私も安心できる」


そして言った。


「それと、私のことは夏希でいいわ」


「私も湊って呼ぶから」


湊は少し照れたように笑う。


「よろしくお願いします」


「夏希さん」


夏希が笑う。


「よろしく、湊」



その時。


「湊くんも投げてーーー!」


海斗の声が響く。


湊は立ち上がる。


「失礼します」


バッグからグローブを取り出す。


そして二人の方へ歩いていった。


「僕、あまりやったことないんですけど」


「大丈夫だ」


咲也が笑う。


「軽く投げる」


ボールが飛ぶ。


パシッ。


湊のグローブに収まる。


ずっしりとした感触。


「……野球の球って重いんですね。びっくりしました」


「そうか?」


咲也は笑いながら、こちらへ歩いてくる。


その時だった。



「ねえ、湊くん」


いつの間にか近づいてきた海斗が、こちらを見上げている。


「ん?」


「さくちゃんのこと好き?」


湊はきょとんとする。


「どうしたの、急に?」


海斗が笑う。


「だってさ」


「さくちゃんのこと、みんな好きだから」


陸斗も小さく言う。


「……さくちゃん、優しい」


湊は少し考えて、それから素直に言った。


「そうだね」


「好きだよ」


その瞬間。


「……は?」


後ろから声がした。


振り向くと、いつの間にか咲也がすぐ近くまで来ていた。


耳まで真っ赤だ。


「お前ら……」


海斗が笑う。


「ほらー」


「湊くんも好きだって」


陸斗もぽつり。


「……さくちゃん、人気」


咲也は俯いて言った。


「……うるさい」


蚊の鳴くような声だった。


海斗が笑う。


「だってさ」


「さくちゃん、いい人だもん!」


陸斗も言う。


「……いい人」


咲也は一瞬、言葉を失う。


それから困ったように笑った。


「……お前らな」


双子の頭をぽんぽん叩く。


湊はその光景を見ていた。


——ああ。


この人は。


こうやって、みんなに好かれる人なんだ。


青空の下で、白球がまた空を飛んだ。


湊はその軌道を、目で追っていた。


最後まで読んでいただきありがとうございます。


咲也のキャッチボールと、双子の無邪気な質問の回でした。


本人は自覚がありませんが、咲也はこうして周りの人に好かれてしまうタイプの人です。

そしてそれを、湊は少し離れた場所から見ている――そんな構図を書きたかった回でもあります。


次は「帰り道」です。

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