第十五話 乱入
静かな夜だった。
黒崎の残した余熱も、
どこか遠くに消えてしまったような夜。
Bar Havenには、いつもの灯りと、
いつもの静けさが戻っていた。
そんな夜に限って、
思いがけない来客は現れるものらしい。
しかも、とびきり賑やかな来客が。
今夜、咲也の静かな時間は
思い切りかき回されることになる。
——小さな来客によって。
いつの間にか習慣になってしまったのか、
気づけば咲也はいつも通りこの店に来ていた。
Bar Haven。
ホテルの二階にあるテナントバーだ。
カウンターでは湊がグラスを拭き、
咲也は酒を飲んでいる。
今夜は久しぶりに静かだった。
久しぶりに、ただの夜だ。
不穏な気配はまったくない。
いい夜だ。
その時だった。
「さくちゃーーーん!」
甲高い声が店内に響いた。
どすん。
腹に衝撃がきた。
「うおっ」
反射的に抱き止める。
腕の中には、小さな体が二つ。
「さくちゃん!」
「……さくちゃん、久しぶり」
咲也は目を丸くする。
「……海斗? 陸斗?」
まだ七歳の双子は、満面の笑みで頷いた。
「どうしてここに?」
その背後から、冷たい声が飛ぶ。
「どうしてじゃないわよ、兄さん」
振り向く。
妹の夏希が仁王立ちになっていた。
両手を腰に当てた、いかにも怒っていますという姿勢だ。
ドレスアップしているところを見ると、これからどこかへ出かけるらしい。
「今日、この子達見てくれるって約束してたでしょうが」
咲也の顔から血の気が引いた。
「あ……」
完全に忘れていた。
ここ最近のイレギュラー続きで、頭から飛んでいたのだ。
「どうせ忘れてたんでしょう」
「……悪い」
双子はそんな事情など関係なく、咲也の膝によじ登る。
「今日何して遊ぶ?」
海斗が身を乗り出す。
「……どこか行く?」
陸斗がぽつりと言う。
咲也は苦笑した。
「いや、その前にだな——」
その時だった。
カウンターの向こうから声がする。
「小さなお客様ですね」
いつの間にか、湊が二つのグラスを置いていた。
オレンジジュースだった。
「甘めです」
双子の目がぱっと輝く。
「お兄ちゃんかっこいい!」
海斗が目を輝かせる。
「こういうのスマートっていうんだよな。モテる男のヒケツだってゆりちゃんが言ってた」
誰だゆりちゃん。
咲也は心の中で突っ込んだ。
その横で陸斗が、グラスを大事そうに持ちながらぽつりと言った。
「……オレンジジュース、好き」
湊は微笑んで、わずかにうなづいた。
咲也の空のグラスを静かに下げた。
「はい、静かに」
夏希が仕切る。
「お礼と挨拶」
双子はぴしっと背筋を伸ばした。
湊に向き直る。
「桐生海斗です!」
「……陸斗です」
「オレンジジュースありがとうございます。かっこいいお兄さん」
「……ありがとうございます。イケメンのお兄さん」
湊は少し笑った。
「どういたしまして。
僕は蒼井湊です」
ぺこり、と頭を下げる。
双子も同じようにお辞儀をした。
「湊くんだー。よろしくね!」
「こら」
夏希がすぐに嗜める。
「目上の人に君付けはダメでしょ。蒼井さんって呼びなさい」
「いいんですよ」
湊は穏やかに言った。
それから少し屈んで、双子と目線を合わせる。
「よろしくね、海斗くん。陸斗くん」
双子は嬉しそうに頷いた。
その時だった。
「おー、海くん陸くんじゃないか」
奥からマスターが顔を出した。
「おじさんこんにちは!」
「……こんにちは」
双子は咲也の膝から降りると、きちんと並ぶ。
そして。
「変身!」
流れるような動きでポーズを決めた。
子どもがするにしては、やけにキレのいい動きだった。
「おお、かっこいいなあ」
マスターが笑う。
「仮面ライガーBLACKか?」
「うん! 今みてるの!」
「ほう、いいね」
湊が少し首を傾げる。
「仮面ライガー?」
「知らないの、湊くん?」
海斗が驚く。
「うん。観たことないなあ」
その瞬間、双子の目がきらりと光った。
いや、夏希とマスターの目も光った気がする。
……まずい。
これは、かなり良くない流れではないか。
咲也の背中を、一筋の汗が伝う。
双子が湊の手を引いた。
「湊くんお泊まりしよう!」
「うちでBLACKみる……」
湊は困ったように笑った。
「僕、まだ仕事中ですし……それに、今日会ったばかりの他人が、お宅に泊まるのはあまり良くないかと……」
「いいよ。蒼井、今日はこれで上がりなさい」
奥からマスターの声が飛ぶ。
「お前には連日カウンター任せっぱなしだったしな」
肩をすくめる。
「それにBLACKはいいぞ。ぜひ観せてもらいなさい」
実はマスターは特撮オタクなのだ。
湊は少し戸惑った。
「いや、でも……さすがに初対面でこれは」
「大丈夫よ」
夏希がさらりと言った。
「特撮で繋がった仲間は時空を超えるわ。初対面でもウェルカムよ!」
胸を張る。
頭痛がしてきた。
この妹は筋金入りの特撮バカだ。
仮面ライガーも戦隊も大好きで、ついにはスーツアクターにまでなった。
「それに」
夏希は続ける。
「お兄ちゃんがご馳走するから」
「おい! 勝手に決めるな」
マスターがくくっと笑った。
双子がまた湊の手を引く。
「湊くん来て!」
「仮面ライガーみる!」
咲也は頭をかいた。
思わずため息が漏れる。
「……まあ、よかったら来なよ。嫌じゃなかったら」
湊は小さく頷いた。
「それじゃあ……お言葉に甘えて」
店を出て階段を降りると、ホテルの前に呼んでおいたタクシーが待っていた。
「じゃ、お願いね」
夏希はバッグを肩にかけた。
「夜中には帰ると思うから」
「さくちゃん」
「子どもたちの歯磨き忘れないで」
「おい。誰がさくちゃんだ」
それだけ言うと、夏希はさっさとタクシーに乗り込んだ。
「ママいってらっしゃーい!」
「……おみやげ」
双子は元気よく手を振った。
咲也は頭をかきながら、深く息をつく。
「……賑やかな夜になりそうだな」
湊は小さく笑った。
「そうですね」
ここまで読んでくださりありがとうございます。
第十五話「小さな来客」でした。
これまで静かな大人の空気だったBar Havenに、
突然現れた双子。
彼らはただ賑やかなだけの存在ではなく、
咲也の「日常」を象徴する存在でもあります。
そして湊にとっては、
咲也の世界に触れる最初の瞬間でもあります。
静かなバーの物語に、
少しだけ生活の音が混ざり始めました。
次回はいよいよ——
お泊まり回です。
賑やかな夜になるのか、
それとも静かな夜になるのか。
少しだけ続きを覗いていただけたら嬉しいです。




