二人の少女
それは先程ののんびりした口調を全く思わせない動きだった。
少女は素早く大剣の柄に手を伸ばすと、振り向く同時に剣で光線を受け止める!
(……は?)
尋常じゃない反射神経。
振り向いて、そして剣を光線に合わせる、そのどれか一つでもズレていれば光線が直撃したはず。
(な、何だこの女。 動きが速え!)
少女は俺を見てニッコリと笑うと、
「ちょっと待っててね〜」
その口調はやはりのんびりしたものだ。
少女は軽々と大剣を振り上げると、魔族の方向へ振り下ろした!
しかし魔族とは数メートル程離れている。
届くわけもなく空を切って地面に突き刺さった!
魔族はそんな少女の動作に構うことなく腕を再度こちらに向けようと持ち上げた。
ドン!!
(な、じ、地面が!)
魔族の真下から地面が柱のように突き出した!
それは魔族の腕や足、そして体を強く打ち付けその体を宙に吹っ飛ばす!!
バサリ!
魔族は吹っ飛ばされた空中で翼を開くとそのまま宙に留まった。
そしてこちらに逆三角の顔を向けていたが、
ブン!
少女が再び剣を振り上げると、慌てて翼をはためかせ遠ざかっていく……。
「く、くそっ! ま、待ちやがれ!」
俺は地面を這うようにして魔族を追おうとしたが、空を飛んだ奴はそのまま高度を上げていき、すぐに暗い夜空に消えて行ってしまった。
(ちきしょう! 勝てなかった……師匠の……よくも!)
悔しさのあまり地面を手でえぐる様にかきむしる。
今頃になって切断された痛みも伝わり始め、あまりの激痛に声も出せず気が遠くなりそうだ。
(くっ! と、取り敢えず気を失う前に回復を……)
息も絶え絶えに何とか回復魔法を唱えると、体から痛みが消えていく。
体の部位をあちこち切断され重体だった為、俺は何度も回復魔法を唱えては自身の体を回復させていった。
「はぁ、はぁ、はぁ……『聖者』のスキルで強化されて無かったら魔力が持たなかったぜ」
なんとか体の欠損も補え一息つく。
そこで俺はようやく少女が自分の方を見つめている事に気が付いた。
俺の方に爛々とした目を向け興味津々といった感じだ。
「危ないところをすまなかった、おかげで助かった」
「うん〜? 気にしないでよ。 それより……君凄いねぇ〜」
「ん? 何がだ?」
「そんなに何度も回復魔法をかけて魔力がよく持つねぇ〜」
「あ、ああ。 それはだな……」
説明しようとした俺の言葉は大きな声で遮られる。
「ララ!」
聞いたことのない声が響き渡り、俺はそちらに目を向ける。
そこには一人の少女が、息を切らせていた。
両膝に手を置き、前屈みになると必死に息を整えようとしている。
銀色のウェーブ掛かった髪をかき上げて、ようやく立って深呼吸し始めた。
髪は肩までの長さで、体型としては俺に似て小柄。
黒縁の丸眼鏡を掛けている真面目そうな顔だった。
「や、やっと追いついたわよ! この暴走娘!」
眼鏡の少女は息を整え終わると、俺の側にいるのんびり少女に対していきなり大声を出す。
「大体何で急に走り出したのよ! 慌てて追いかけて来たじゃないの!」
責めるような眼鏡少女に、相変わらずのんびりした口調で、
「えー、だって魔族がお城の方に飛んでいくのが見えたから〜」
「そ、そうだったの……それで魔族は?」
「なんかお城じゃなくてこの子を狙ってたみたい。 追い払ったら逃げて行っちゃった」
「この子を……?」
そこでようやく俺に気付いたらしい。
それまで目に入ってなかったようだ。
「この子は?」
「知らない〜さっき会ったの」
「そう……」
眼鏡の少女は俺に寄ろうとして……いきなり駆け寄って来た!
「ち、ちょっと! 貴方血だらけじゃない! 何処か怪我してるの?」
鼻息荒く迫る眼鏡。
確かに俺の身体中は赤く染まっている。
魔法で傷を治したからと言って血や汚れが落ちるわけではないからだ。
眼鏡の勢いに俺は少し仰け反りながら、
「あ、ああ。 いや、大丈夫だ。 もう傷は治ったからな」
眼鏡は意味がよく分からなかったようで、
「治った? 治ったって?」
「その子回復魔法を使ってたよ〜」
眼鏡にのほほんが説明している。
俺はと言うと、
(一体コイツラ等は何なんだ……)
のほほんも眼鏡も同じ様なコートを纏い、眼鏡の方は背中に細長い杖を背負っている。
俺の中でコイツ等が普通じゃないと告げてはいるが……
「ねぇ君!」
考え込んだ俺の目の前に眼鏡がアップで現れる!
「な、なんだ?」
「回復魔法を使えるってホント?」
「あ、ああ。 見習いみたいなもんだけど僧侶だからな」
「僧侶! 良かったわ! 貴方は無事だったのね」
「?」
安堵する眼鏡だが、俺はいまいち要領を得ず首を傾げる。
(貴方は無事?)
「じゃあ早速私達と行きましょう!」
言うなり眼鏡が俺の手を握って何処かに連れて行こうとし始めた!
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 一体あんたらは何なんだ!? いきなり現れるし意味がわかんねーよ!」
あまりにも一方的すぎる行動にイライラする。
(大体俺は師匠を……実際に師匠を見てみないと死んだなんて信じたく無いんだ!)
もしかしたら大怪我をしているかも知れない……今すぐにでも駆け付けたかった。
「悪いが俺は行く所がある。 行くなら勝手に行ってくれ!」
魔族が去った今なら師匠の所には居ない筈だ。
歩き出そうとした俺だが、グイッと腕を引っ張られる!
「駄目。 一緒に来て」
それはのほほん少女の方だった。
「どうして?」
「危険だから」
「魔族が俺を狙っているのは分かっている。 このクソスキルのおかげでな」
「……スキル?」
少女は首を傾げる。
「ああ、俺の『聖者』スキルだ。 これがあるから魔族に……」
「違うよ」
「狙われ……」
少女は真っ直ぐに俺を見つめている。
透き通った蒼い瞳に吸い込まれそうだ。
「違う? 違うってなんだ?」
「スキルの所為じゃない」
「……は?」
スキル……この『聖者』スキルの所為じゃない?
「どういう意味だ?」
「それについては私から話すわ」
眼鏡を押し上げ位置を調整すると、眼鏡少女が俺に話し始めた。