バッハ公爵の狙い
「やぁ、よく来てくれたね」
にこやかな笑顔を見せる男性。
紳士的な服装にその態度。
短く刈り揃えられた赤茶髪の髪と髭。
体格も無駄な贅肉などはなく背筋を伸ばした立ち振る舞い。
初めて見る人の大部分ははこの小ぎれいな紳士的な人に好感を持つであろう。
……こんな形でなければ。
宿で包囲され連れてこられた館の一室。
俺達の目の前にいるのはそれを指示した張本人であるバッハ公爵その人だった。
部屋には複数人の警護者はいるが、俺達の武器などは取り上げられていない。
余程警備の者に自信があるのか、俺達を甘く見ているのか……
とはいえ屋敷には宿を包囲していた百名程度の兵はいるであろう。
今騒ぎを起こすのは得策ではなかった。
(仕方ねぇ……今はこのまま大人しくしているしかないか)
俺は目の前のバッハ公爵の話を聞くことにした。
バッハ公爵はにこやかな笑顔を浮かべながら、
「もう知っているだろうし、私の自己紹介はいいかな? ああ、手荒な事をしてすまないとは思っているよ、まぁそう警戒しないでくれ」
手で俺達の前にあるソファを示すと、
「まずは座ってくれたまえ。 それから君達に来てもらった理由を話すとしよう」
俺が言われた通りに座ると、それに続いてライオンやリリ、ウィル達もそれぞれが腰を降ろした。
「素直に聞いてくれて助かるよ」
「まぁな、話があるから呼んだんだろうしな。 それにここで暴れるのも得策じゃなさそうだ」
俺の目に映る警備兵。
それぞれが俺達一人一人に目を向けおかしな動きが無いか見張ってやがる。
いつでも抜刀できるよう間隔を空けて警備をしており、その手は剣の柄に添えている……と、まぁこれだけ警戒されていれば戦いになったら面倒だ。
「そうか、君は見た目とはずいぶん違うようだ」
「よく言われるぜ」
目を細めて品定めをするようなバッハ公爵に、俺は肩をすくめて見せる。
「それより、早く要件を言って貰おうか?」
「そうか? 私としてはもう少し友好を深めたいのだがね」
バッハ公爵が手を挙げると俺達の前にお茶と菓子が出される。
「まぁくつろぎながらでも聞いてほしい。 君達に損な話ではないはずだよ?」
バッハ公爵は書斎机にある椅子に腰かけると、
「では希望通り率直に言おう。 君達にはこのままダーテンハルトに留まってほしいのだよ」
「なぜ?」
「君達がフィリム国から来ているのは知っている。 この後首都に向かいそこから疫病対策を行っていくであろうという事もね」
「そうだな。 それを知って……」
「『それを知ってどうして?』というんだろう? 簡単な話だよ。 私はこの街をゾンビ共の手から守りたい、ただそれだけだ」
「他の街はどうでもいいと?」
「他の街は他の街で自衛するだろう。 私は国全体よりこの街の方が大事なんだ」
「なるほどねぇ~……」
(この狸が。 ユーナの話がどこまで本当か分からないが……街の人達の怯えは異常だ)
ちっと探るか?
「確かにあんたはこの街が大事なようだ。 この街自体……はな」
「変な言い方をするね? 意味は?」
「あんたが大事なのは街自体であって、ここに住む人たちじゃないって事さ」
さぁ……どうでる? しらを切るか開き直るか……
しかしバッハ公爵の返事は俺の予想したものではなかった。
「ああ……なるほどね。 君達を誤解していたよ、確かにさっき私が言った事は嘘だ」
「やっぱりそうか」
「ああ、この街自体も大事ではない」
「っ!」
街自体も? この街はこいつの拠点じゃないのか?
「こんな街どうだっていいんだよ。 だって私はこの国全てを手に入れるから……その為にこの国を一掃するんだからね」
「は?」
そういえば最終的に国を狙ってたんだったか……それじゃそうなるよな。
「そしてその為の道具が疫病とゾンビだよ」
「……道具?」
「この国の奴らにはゾンビになってもらう。 この街の者以外全員だ。 その為に神官や僧侶を確保しているのだからな」
「この国の奴らはどうなってもいいというのか!! 何故そんなことを!?」
激高する俺に答えたのはライオンだ。
「ふむ……人道的という事か」
「ライオン? どういうことだ?」
「例えば国を武力で統一したとした場合、どこかしらで反乱は起きるし他国からは自国の民を殺したとして人道的非難を受けるだろう。 ゾンビなら倒すだけで管理もいらないし、他国からの非難もなく……逆に国を守った英雄扱いにされるかもしれん」
「ふざけんな!! 民がいないのに何が国だ!」
ライオンの説明を聞いた俺はバッハ公爵を睨みつける。
怒りで腸が煮えくり返りそうだ。
「勘違いしないでほしいのですが、私とて人の命は大事なのですよ? ですが助けられる人員にも限りがある。 手のひらから零れ落ちる者もいるという事です」
「でも俺は零れ落ちない様に努力する方を選ぶ! 手で駄目なら体でもどこでも使って……俺なら一人でも多く助ける!!」
俺の村……助けられなかった故郷が頭をよぎる。
あれこそが……手のひらから零れ落ちた村だった。
俺は運よく拾われただけに過ぎない。
「悪いがこの国の疫病は俺が治させてもらう」
「そうですか……ですが僧侶の貴方はここに居て頂きます」
「断る!」
「すみませんが、貴方に選択肢はないのですよ?」
「……どういう意味だ?」
俺の質問には答えず窓際に寄ると外に映る街並みを眺め出した。
その余裕の姿に俺の苛つき度が増していく。
「バッハ公爵!」
「……どうやら貴方は口調はともかく性格はやはり僧侶の様だ。 先程の言葉からも街の人の命が大切と考えている」
「当たり前だ! それがどうし__ 」
「街の人達がどうなってもいいのですか?」
「!?」
俺の言葉を遮って告げた言葉。
こいつ! 街の人を人質かなんかだと思ってやがるのか!?
「何をするつもりだ……」
怒りに震える声を抑えながら問いかける。
「そう怒らないで下さいよ。 貴方の態度次第では……街の人を追放したくなるじゃないですか?」
「クッ!」
握りしめた拳がワナワナと震える。
噛みしめ過ぎた歯がぎりぎりと音を立てた。
「僧侶ルル。 そんな怖い顔では小柄で可愛らしい姿が台無しですよ?」
「うるさい! お前が俺の名前を呼ぶな!」
「もう一度言います。 私に逆らわない事です。 逆らえば……まずはあそこにいる子供達から追放します」
「!!」
窓の外を見続けていたバッハ公爵、その視線の先では子供達が遊んでいたようだ。
(こんな奴が公爵なんて!!)
俺の周りにいるみんなもバッハ公爵を睨んでいる。
多分俺と同じ、今すぐにでもこいつをぶん殴ってやりたいだろう。
だけど、俺の判断に任せているのかそれを堪えているようだ。
今すぐにでも鉄拳制裁してやりたいが……
「…………分かっ……た」
握りしめた拳からゆっくりと力を抜く……俺の怒りで子供達を犠牲にするわけには行かない。
力を抜いた俺の姿を見て満足そうに頷くと、
「それでいいのですよ。 貴方は賢い選択をしました。 その姿に免じてできるだけ街の人達は追放しない様にしましょうか」
「……」
「それでは一旦お部屋に戻ってもらいましょう。 お前達、後は頼むぞ?」
「はい」
俺達は兵士達に囲まれると、準備されていた部屋に連れていかれたのだった。




