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VISITATION!  作者: 岬
散歩に行こう!
11/12

001

 始発電車の人もまばらな車内の窓から見える景色は、天気もよくて朝の気持ちの良い青い空が続いていた。

 清々しい朝ってやつなんだけどさ、俺は不思議な違和感を感じてしょうがなかった。

 なんだかすごく空が広く感じて落ち着かないんだ。

「あ、山が見えないんだ」

 もうすぐ着く田浦の駅は海のそばにあるから、方向によっては山が無いからかと気がついてまた驚愕。

 俺は少しため息をついた。

 俺は平坂忍。うちの国の結界破って不法侵入したすっとぼけた吸血鬼のせいで、慣れた山から関東の都会に放流されてはや五日。

 短いようで長い五日だった。

 こんな事情でなきゃ海とか見に行ってみたかったなぁ。海って実物見たこと無いんだよね俺。この五日間、観光だなんだで連れ回されたけど海だけは行かなかったもんなぁ。

 だが、俺は頭を振って未練を断ち切る。

 そうだ。海なんて見ようと思えば何処ででも見れるのだ。

「~次は田浦、田浦に到着いたします」

 アナウンスの後、速度を落とす電車に俺は気合を入れて席を立つ。

 俺が今しなきゃならねぇのはこの関東からの離脱である。

 ホームに降り立つと、朝の冷たい空気の中に嗅いだ事の無い生っぽい空気が混ざる。

 目的地は近い、俺は今日こそ奈良に帰るんだ。俺は気合も新たに小さな改札へと向かった。


 あの夜、アレスさん達と別れた俺の携帯に桐人さんから電話が入った。

 思った以上に無事終わった後の高揚感って言うんだろうか液晶の名前を確認したのに、のほほんと出たあの日の俺を呪いたい。

「あれ、桐さんどしたの?」

『どうしたのじゃねぇだろ。忍、お前今何処にいるんだ?』

「うおっ、ごめん!仕事は完了した!ちょっとあってルイさんに後頼んじゃったけど」

『知ってる。入管から概要報告あったからな』

「…えーと。俺、今は分社に向かってて」

『知ってる。ルイ爺からも野下さんからも連絡あったしな』

「あ、へへ。そ、そうなんだ、あ、あはは……」

『で、当の本人から進捗報告がこれっぽっちもねぇのは何でなんだろうな?』

 桐さんのいっそ静かな声がおっかない。嵐の前の静けさっての?

 あわてて言い訳を真っ白な頭で考える俺が何か言う前に、いっそやさしく聞かれたんだ。

『お前、「ほうれんそう」教えたの覚えてるか?』

「え?今日は食ってないけど」

『野菜じゃねぇぇぇぇ!「報告」「連絡」「相談」!仕事中は区切りで連絡しろって俺はいつも言ってんだろうがぁぁぁ!』

「ごっ、ごめんなさいいいい!」

 噴火した火山の怒鳴り声に、俺は思わず携帯を離して頭を下げまくった。

『もういい。どーせ忘れてんだろうからと思ってこっちから連絡したんだしな」

「だ、だって、色々合ったんだもんよ。しょーがねぇじゃん」

『開き直るんじゃねぇよ。もういい、お前しばらくそっちにいろ』

「へ?」

『岩邦もまだ戻って来れないようだし帰るまで分社の祭主勤めてこい。庁には通達しといたから』

「ちょっ、待ってよ。野下さんいるのに!」

『今日中に終わって帰って来れるかも判らねぇ深刻な状況なら、連絡無くてもしかたねぇと思うことにしたんだが?出張期間は岩邦が帰るまでに変更しておいてやったからな』

「やだよ!やっと帰れると思ったのに」

『ちっとは反省しろ。反省。まぁ、あいつも留守中の社に上位者が居たほうが安心するだろうし、たまには奴の顔でも見て来いよ。あ、それと帰ったら報告書書かせるからな。そのつもりでいろよ』

 反省しろと言われてしまうと俺は何も言えなかった。

「う、わかった」

『わかればよろしい。じゃあ、あんまり迷惑かけるなよ?何かあったら本社へ連絡。いいな?』

 ちょっと楽しそうに桐さんはそう言って電話は切れた。

 自業自得とは言え、後は帰るだけって思ってたのにがっくりだった。

 でもまぁ、邦さん帰ってくるまでの間ここでお勤めしてりゃいいんなら山での生活とあんまり変わらない。邦さんにもしばらく会ってなかったし、顔見てから帰るのもいいかなってその時は思った。

 そう、その時はね。


 とりあえず目の前の雑居ビルの階段を登りきる。そこはワンフロアすべてが東京分社の領域で、自宅に帰ったような安心感を俺は感じた。

「久しぶり忍君、おつかれさーん」

 俺を待って待機しててくれた野下さんの軽い出迎えがちょっと嬉しい。

「ちーす。お世話になりまーっす」

 会うのは山に修行に来たとき以来で久しぶりだったけど、すっかり身内モードになった俺は気が抜けまくった。

「遅くまですいません。それで俺、お参り先にしてきたいんすけど」

「そうだね上行こうか。あ、中も案内するよ」

 時間も遅かったけどビル街を背景に立つ屋上の分社に参拝を済ませ、事務所にしか見えない社務所を案内して貰った。

 兼業神官で普段はここに住んでいない野下さんが帰るのを見送って、風呂入って仮眠室のベットに横になる。明かりを消しても外が明るくて部屋の中が見えるのが不思議だった。

 これも経験なんじゃね?なんてぼんやり思ったり、明日からは社の奉仕手伝っちゃってさ、いっちょ東京分社の面々とも交流なんてしてみちゃうか?なんて考えてたら思いのほか気持ちよく眠りについた。

 だか、俺の朝は驚きで始まった。

 領域内特有の霊体の潤んだ匂いに混じって良い匂いがするなと気配にふっと目が覚めると、見えるはずの天井の変わりにアレスさんが俺をニコニコと覗きこんでいた。

 そうだと判った瞬間の俺の驚きを分かって貰えるだろうか。

「おはようシノブ。いい朝だよ」

「………なんで、いんの?」

 しれっと、なんでもないように挨拶したアレスさんに俺はそう聞くのが精一杯だった。

「君は「また」と言っていたじゃないか。だから来たんだが…」

「だからじゃねぇ!「また」ってのは近い未来のことであって次の日の朝じゃねぇぇ!つか、どうやって入ったんだ!?鍵かかってなかったのか?」

「いや、吸血種は壁が抜けられるだろう?私も一度やってみたくて」

「やってみたくてじゃねぇぇぇぇぇぇぇ!ここは領域だぞ?なにしてくれてんだよアンタ!」

「ちゃんと領域に入る時はノシタの許可は貰ったから領域侵犯はしていないよ。抜けたのはここの壁だけだから安心してくれ」

「安心ってあんたなぁ!………野下さん来てんの?…今、何時?」

「?ああ、今は6時になるところだね」

 アレスさんの顔見たときよりも驚いた。6時といえば朝のお勤めだったら終わっている時間だ。

 俺はあわてて飛び起きて事務所に行くと野下さんがルイさんと話していた。

「ごめん!俺、朝、手伝いもしないで」

「おはよー。昨日は大変だったみたいだし、わざと起こさなかったんだよ」

「ぐーてんもーるげーん!忍ちゃーん」

 朝からじじいの能天気な声に目眩がしたが、とにかく俺はにこにこと手を振る野下さんに頭を下げる。

「野下さんほんとすみませんでした。俺、桐さんから言われたのに」

「大丈夫だよ。岩邦君が帰ってくるまでは有給入ってるから元々お勤めの予定だし、なんか良い物見れたしね。あっほら」

 野下さんが指差した方を釣られて見ると何も無い壁から抜けるように、ふぅーっとアレスさんが手を振って現れた。

「いやー社勤めして結構経つけど、吸血鬼さんは初めて会ったなぁ」

「だーーーーーーーーーーーーーー!なにしてんだアンターーーーーーーーーーーーーー!!」

「いやリクエストに答えようかと」

「リクエストじゃねぇ!あんたは人間ビザで日本に入ってんの!に・ん・げ・ん!人外技繰り出してんじゃねーよ!後で怒られるの俺じゃねーか!」

「いやー清々しいほど自業自得だねぇ、忍ちゃん」

「うるっさい!あんたも何しに来てんだよ!止めろよアレっ」

 もはや八つ当たりなのは承知で爆笑するルイさんに怒鳴るが、このじいさんはまったく意にも介さない。野下さんにまで笑われて俺は頭を抱えたね。

「もう。なんなんだよ朝から」

「あー笑った笑った。忍ちゃん、これから築地に朝寿司しに行くから一緒に行かない?」

「笑ってんじゃ、え?築地?寿司?」

「とても有名なんだろう?ルイが美味しい所を紹介してくれると言うので誘いに来たんだよ」

 ニコニコと追い討ちをかけるアレスさんに俺は怒りも忘れて、バカみたいにみんなをキョロキョロ見てしまった。

「え?寿司?でも俺、仕事で」

「初めての東京なんだから行っておいでよ。何かあったらすぐ戻ってきてくれればいいんだし」

「でも、でもさ」

 野下さんの人のいい笑顔の甘い言葉と、桐さんの鬼顔が天秤で揺らぐ。

 ああ、俺でも知ってるネームバリューと美味いもの好きなルイさんのコンボは本当に判断力を失わせた。しかも、ルイさんはアレスさんにイイ顔したいっぽいわけで、下手なところにゃ連れて行かないのも瞬時に理解してしまって。

「ごめんっ!野下さん!お土産!お土産買ってくるから!」

 何もかも忘れて築地に連れて行かれたのだった。

 今、思い出しても寿司は言うまでも無くはんぱなく美味しかったので後悔はしてない。

 でもなー仕事で来てるのに毎日、朝のお勤めが終わる頃見計らって迎えに来るのもどうかと思うんだ。毎度丸め込まれてうっかり遊びに行っちゃった俺の言うことじゃないけどさ。

 だからこそ、報告書に書けない事案がこれ以上増える前に帰港の連絡が来たら帰ろうって思ったんだ。


 俺は小さな改札を抜けてスロープを下りる。

 自転車置き場を横目にしばらく歩いて日米の海軍駐留地の看板が見えたら左と、うん道はあってる。

 昨日の連絡が本当なら一団は明け方には港に着く予定だった。だとしたら下船後の報告とかがあったとしても本部になっている横須賀港湾合同庁舎で会えるはずだった。

「あれか?」

 教えてもらった地図の通りの道の先にある建物にたどり着いたのはいいんだか俺はちょっと悩む。

 海上保安庁が入ってる建物ってことで俺が想像していたのは戦隊ものの基地とかのイメージだったんだけど、なんか普通に雑居ビルっぽいんですが。

 とりあえず近づいてみるか、看板なり何なりあるだろ。そう思って駆け寄る前に入り口からぞろぞろと人が出てきた。

 ごつい感じの制服集団の中に一人だけ私服の姿があった。

「やった!くーにーさーーーん!!」

 思わずぶんぶんと手を振ると、隣のおっさんと話していた邦さんがこっちに顔を向けた。

「お前、忍じゃないか。何でこんなところにいるんだ?」

 久しぶりに会ったのに驚きもしない邦さんに、ん?と思ったが、手招きされて集団に混じる。

「久しぶりぃ、実はさぁ」

「なんてな」

 とにかく説明しないとって話しかけた俺の鼻を、邦さんは思いっきりぎゅーっとつまんでため息をついた。

「お前、桐さんについにおん出されたんだって?」

「いたいって、はなせって、のあんでしってんの?」

「不法侵入の連絡はあったし、お前が担当したって連絡も来たからな」

 顔を振って逃げると邦さんはあっさり手を離して、判って当然とばかりにふっと笑った。

「どーせまた、いらん事言って桐さん切れさせたんだろ?お前は寿人のマネしすぎなんだよ」

「何もしてねぇし、つーか朝の電車で帰りたいから迎えきたんだけど俺」

「じゃあ、我々はここで」

「あ、お疲れ様でした」

 邦さんが道を反対側に歩き出した集団に会釈するのに釣られて俺も頭を下げる。ようやく元来た道を二人で戻るように歩き出す。

「桐さんが邦さん帰ってくるまでは東京に居ろって言うからさー、でももう奈良に帰りたくてさー」

「お前という奴は。慣れない海に揺られ疲れて帰ってきた兄貴分を労わって、もうちょっと手伝っていくか位の根性見せる気無いのかよ」

 あきらかにからかうみたいに肘でつつかれた。

「それを言われると、まぁその。ごめん…」

「ばか、冗談だよ。なんかルイさんに連れ回されてたみたいだしな」

「なんで知ってんだよ!」

「お前人柱身だろうが。俺が居ない間の公安レポートにばっちり二日ほどとは言え行動が記されてたんだが」

 んあー!そうだった。普段山から出ないからすっかり忘れてた。


 俺が住んでいる三幣の山はいわゆる呪いの山だ。今でこそ寿人兄さんの結界があるけど、昔は呪詛でもって外敵からの守りの力を作っていた。それには地力やら色々あるんだけど一番の特徴は力を得るために人柱を立てるところにある。

 昔と違って死んだら山に入るってだけで生贄に奉げられなくなったので気にしたこと無かったが、俺はそれで言うところの人柱として認定されている。

 そうなると自然死以外の死は良くないらしくて山の領域外に出ると勝手に護衛がつくんだ。俺も忘れていたし、周りに誰かいたわけでもなかったからまったく気がつかなかったけど、公的な護衛ってことは必ずどこかに報告されているってことで…

「その顔は忘れてたな。しょうがない奴だなぁ」

「…桐さんも知ってると思う?」

「むしろ知らないと思うほうがおかしい」

 そういいながらもニヤニヤ笑う邦さんに冷や汗がどっと沸いた。やっべ、帰りたくなくなってきたんですが。

「まぁルイさんが絡んでるって位で細かいことは書いてなかったし心配する事ないだろう。タクシー使うけどお前も乗ってくか?」

「いいよ。電車乗っていけるし、邦さん疲れてんでしょ?早く帰りなよ」

 流石にそこまで甘えるのはちょっと気が引けた。

 確か北のゲートを引っ張るには強い力場じゃないとダメってんで、数ヶ月海域調査したけど水場の力場って流動的で捕まえられないから、祭事のフル装備して船で該当海域を力場追っかけてほぼ一週間だろ?

 海の上がどんなかは知らないけど、邦さんの目の下のくまを見れば疲れてんだなーってのは俺でも分かる。

 俺にしちゃ気を使ったほうなんじゃねーの?と思ったんだが。

「お、お前…なんか拾い食いでもしたのか?」

 だっつのに荷物を取り落としてまで驚くとか酷くないか?

「なんだよっ、俺が気を使っちゃわりぃのかよっ!」

「だってよ、あのどチビのクソガキが「疲れてんでしょ?」とか、頭でも打ったのかと思うだろ」

「似てないからっっ!打ってねぇし!なんだよ!顔とかボッロボロのくせに、なんでおちょくる元気はあるんだよ!!」

 ゲラゲラ笑い倒すと邦さんは自販機でコーヒーを買って俺に投げてよこした。

「そらお前、仕事とは言えお前の顔を関東で拝むなんて思わなかったからな、ここは全力だろう」

 本当にうちの兄貴分共はどいつもこいつもいっぺん死ねばいいのに。


 俺が人柱として山に連れてこられた時、当時は人柱だった寿人兄さんと贄子として邦さんは山に居た。

 山に身を奉げる「人柱」を支える為に共に生贄となるから「贄子」って呼ばれる職は、人柱を殺して山に奉げる儀式を排斥する代わりに出来た職だ。

 人柱は文字通り体と魂を山に食わせて呪詛を支える柱になるけど、贄子は魂と力を山に奉じて人柱が自然死を迎えるまで食い尽くされないようにするのが役目なんだ。

 物心がついて山に入ったときには寿人兄さんが人柱から山神との兼ね役にジョブチェンジした後だったから、俺はみんながどんなに大変だったか知らない。

 知っているのは面倒見もいいけど、悪乗りが酷くて面白いけどむかつく兄ちゃん達の姿だけなんだ。

「あ゛ー、地面が揺れてねぇって素晴らしい…」

 邦さんは缶コーヒーを一気に煽ると魂が抜けたみたいに空に向かって大きなため息をついた。

「おつかれさーん。って、やっぱ海って揺れるんだ」

「バカ抜かせ。お前、揺れるなんてもんじゃねぇ。しけた海はな揺れるんじゃねぇ落ちるんだよ」

 言いながら疲れてしゃがみこんだから、釣られて俺も隣で座り込む。

「当分船には乗りたくないって言いたいが微調整とかで行かなきゃなんねぇんだよなぁ」

 ガックリと頭を落としての呟きがヨレヨレでちょっとだけ可笑しかった。邦さんがここまで萎れるなんて、本当に疲れたんだなぁ。

「なぁ、お前このままこっち来いよ。絶対、関東に人材少なすぎだって」

「秋さんいるじゃーん。操さんも」

「ドアホウ!秋さんなんて、ど!フリーダム犬、操さん以外に扱いきれるかよ!ルイ爺もフリーダムだしよぉ、国が斡旋してくる連中は微妙に扱いにくいし、シムは贄子職外れちまったから頼るわけに行かないしなぁ」

「……し、シム兄ぃ関東だったっけ…」

「おまっ!……5日もいて会ってないのかよ」

 志村だからあだ名が「シム」だったシム兄は山に無関係の民間出身生贄なんは知ってたけどマジかっ!?

 俺が山に入ったときにはすでに伊神本家次男のゆうちゃんと邦さんの三人で寿人兄の贄子をやっていんだけど、右も左も分からない俺の面倒を見てくれてて、中でもシム兄は寿人兄ぃの次に年が近かったからすげえ可愛がってくれたし仲良かったんだよ。

 力が落ちて贄子職が外れるなりすぐに連れ帰られちゃったから出身地まではしらなかった。

「「………」」

「…『スクープ!忍、関東に潜伏中』」

「ちょっ何メール打ってんじゃぁぁ!」

 小さな携帯をポチポチし始めた邦さんの手を全力で止めた。

 ばれたら最後どんないじられするか分かったもんじゃねぇ!シム兄はみんなの中じゃ優しいほうだけど、来てて顔出さなかったッてばれようもんなら何を言われるか!

 考えただけで恐ろしい。もちろん邦さんはそれが分かってて言ってるんだからたちが悪い。

「や、友として弟分の非道の仕打ちは伝えるべきだろ」

 ウヘヘじゃねぇっつの!

「仕事!仕事で来てんだからしょうがなかったんだっ!」

「おまっ、銀座でフルーツ堪能すんのが仕事かよ!変わってくれ!」

 んがーー!だからあれはルイさんが、そりゃ付いて行っちゃったのは俺だけどさ、もー公僕仕事しすぎだろっ。

 邦さんはそりゃー楽しそうにニヤニヤと残りのコーヒーをすすって俺を見ていた。

「いいじゃんこっち来いよ、どーせ桐人さんにも働くか出てけニート言われてただろ?こっちなら大学にゃ俺だっているし、シムだって喜ぶぜ。そうだ!あいつ普通の大学だし合コンとか行けるぞ?」

「やだよ、顔にパシリ確保って書いてあるし!それに邦さん彼女出来たんじゃなかったのかよ、合コンとかいいのかよ?」

 合コンにちょっとだけ心が動いた俺正直者。でもついふっと思ったことを言ってしまったら邦さんがぴたりと止まった。

「…お前がなぜそれを知っている」

「や、あんた春先に寿人兄の携帯着拒否したっしょ?そん時に「あいつの女に連絡するっつったら無事開通」って外道な事言ってたからさー」

「寿人め!あんのくそがっ!お前あいつ〆て来いよ!」

「やだよ、桐さんがぶん殴っても全然気にしないじゃん、それより邦さんは寿人兄ぃに弱み握られすぎだと思うぜ」

 去年だったかな、素人が描いた漫画を売る即売会があって、そこで売ってる本がどうしても欲しかったけど山を降りるわけにいかない寿人兄ぃは、事情を良く知らない邦さんに頼んで買ってきてもらったんだ。

「ほんとあいつ呪えねぇかなぁ」

「無駄だと思うよー陛下除けば、呪詛力ほぼ国内トップじゃーん」

 それがまたあの人が大好きなアイドル系のアニメだったかの18禁だったんだけど、それ以来ロリ同士じゃないかって風評被害をばら撒かれたくなかったらお買い物ヨロシクされてんだよね、この人。

「邦さんには悪いけど東京の夜はあんま好きになれなかったし今日は帰りたい。合コンはちょっと興味あるけどね」

「ちっ、俺もパシリ欲しかったんだがなぁ、しかたねぇか」

「パシリってはっきり言いやがったよ、この人は」

 大きく伸びして立ち上がると軽く蹴られて蹴り返す。このやりとりも邦さんとは久しぶりだな。そう思うともう少し居ようかなって思うから不思議だ。

「新横浜だろ?そんな離れてねぇから送ってってやるよ、あのアホどもに土産買ったのかよ」

「ひよこ買った」

「またそれか、好きだなー」

 缶をゴミ箱に投げ捨てて笑うと俺にボストンバックを押し付けて駅に歩き出した。しょうがないから俺は担いで後に続く。

 仕事明けにはこれくらいはしてやんないとな。

 邦さんは文句言うけどなんだかんだ言ってても面倒見ちゃう桐さんの次くらいに苦労人だよなーって思うが言わないでおく。

「ま、また来いよ」

「うん」

 タクシーに乗って目的地を告げるなり爆睡した邦さんに釣られて俺も目を閉じる。

 目が覚めたら関東脱出だ。



「んじゃーお疲れさん。またねー」

 タクシーの窓越しに手を振りかえしてやると、発進した車に背を向けて忍は歩き出した。

 さて、今回は何をやらかしたのやら。

 あいつがウダウダ駄々こねるときは大概何かやらかしてけつまくって逃げる時だ。

 正式な書類資料で見たわけじゃないから分からないが、この五日間はルイさんに引っ張りまわされていたのは間違いない。

 ただ、あの爺さんは目的も無しにそんなマネをする爺いじゃない、爺さんとこに来ている知り合いの息子ってのが本当に怪しい。

 何より行動を共にしていたはずの忍の口から一言もそいつの話が出てこないのが決定的だ。

「俺のいないうちになにしてやがんだあの爺さん」


 新橋に到着した頃には疲労のけだるさでほとんど寝ているようなものだったが、忍が朝のお勤めを全部こなしてくれたので後は寝るだけと体に鞭打って社務所のドアを開けた。

「ただいま戻りました。留守番ありがとうございました」

 奥の事務机で書類を見ていた野下さんが俺に気が付いて手を上げた。

「岩邦君お疲れ様でした。忍君には会えたかい?」

「はい。なんか、あいつの世話まですみませんでした」

「いや、そんなことより」

 荷物を降ろして上着を脱ぎかけた俺へ言いかけた野下さんの言葉にかぶるように背後でドアが開いた。

「Good morning gentlemen」

 思わず振り返るとそこには満面の笑みをたたえた白人系外人が立っていた。

 外人とはちょっと違う、気配は少なくとも人間ではない。くるりと向き直ると野下さんが片手で顔を抑えて深いため息をついた所だった。

 外人はと言えば固まる俺たちを気にもせず、勝手知ったる風情で挨拶をしながらスタスタと社務所に入ってきた。

「やぁノシタ今日も場内は清浄のようだね。お勤めご苦労様。ところでシノブが見当たらないようなのだが出かけているのかい?近所には気配を感じないのだが待たせてもらってもいいだろうか」

 まるで定位置かのような気軽さで端においてある応接ソファに優雅に座り足を組むと奴はやっと俺に気がついた。

「…失礼?初めてお目にかかると思うのだがどちら様だろう」

「俺はここの主なんだが?そういうあんたこそ名乗ったらどうだろうか」

「では、君がイワクニか!?」

 弾けるように立ち上がると嬉しそうに手を差し出され俺は握手を求められた。

「はじめまして。私はアレイス=ブレイド。シノブの友人だ」

 ニコニコと差し出された手に躊躇していたら勝手に手を取られた。俺は握手された手と顔を交互に見る。

 なるほど、こいつが忍が連日連れまわされた元凶か。また厄介なもんになつかれやがって。

 いやってほど覚えのある霊体紋の雰囲気に苦虫しつぶした気分になったぜ。

 ドアをくぐって遅れて入ってきたルイさんは俺を見るなりあいまいに笑った。

 確かに知り合いの息子だな。だが人間じゃないところが情報として載っていなかったのはどういうことなのか。

 ふっとデスクを見ると見事に野下さんは新聞に目をそらした。

 視線を戻してルイさんも目をそらす。

「俺の留守の間にいろいろあったみたいで」

「くーちゃん怖いなぁ。お年寄りには優しくしないと」

 てへっじゃねぇよ。俺は握手した手をせいぜい強く握り返してやった。

「俺は岩邦尚司、よ・う・こ・そ日本へ。ブレイドの坊ちゃん」

「君も分かるのか…その、兄が色々と迷惑をかけているようですまない。滞在中は人として大人しく観光するつもりだから安心して欲しい」

「あっ、殿下っ」

 人だとう?よくよく見れば目の前の坊ちゃんは左にこそ制限パスを入れていたが、人間用の簡易GPSが入っていた。

 あんのアホこれかーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!

 人と等しく光の下を歩く吸血鬼。

 それゆえに欧州に魔女狩りを行わせてしまった事を悔やみ姿を隠した変わり者。

 昼の太陽よりまぶしい笑顔で微笑む歴史上存在すら疑問視されてきたその吸血鬼を目の当たりにして、俺は思わず深い深いため息をついたのだった。

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