5話:桜の散らせ方
私は今、必死に走っている。
一ノ瀬ほむら、第二副会長兼遠征軍第二軍団長。いつも冷静で、いつも淡々としていて、感情を顔に出さないと評判の私が、今、廊下を全力疾走している。
話が違う。本当に違う。
私は声高らかにそう言いたい。
だから会議室を「役員会議室」と「軍事会議室」と呼び分けてくれと以前から言っていたんだ。いや、もうそれぞれ名前はあるんだが、第一軍団長不知火舞花は毎回「会議室に集合」としか言ってこない。
「会議室に集合。三時ね」
今日もそう連絡が来た。
三時。
ならばいつも通り役員会議室で三時の休憩タイムだ。今日の紅茶はなんだろうと楽しみに仕事を片付けて、三時ちょうどに役員会議室の扉を開けたら——
「どうしたの?今日は作戦会議じゃなかった?」
神楽坂玲緒奈会長が、一人でソファに座ってこちらを見ていた。
茫然とした。
廊下に戻って、付き添いの参謀を見た。参謀の血の気が引いている。
「……軍事会議室か」
「はい」
「今何時っ」
「三時です」
「ごめん、これはやらかした」
参謀の顔が青を通り越して白になった。
「ここから本部に戻って資料を持って、軍事会議室まで全力で行くぞ」
「は、はい」
だから今、私は走っている。本部で休憩していた参謀たちを叩き起こして、全員で廊下を駆け抜けている。前を走る参謀が今にも泣きそうな顔をしているが、これは明らかに私のミスだ。責任は私にある。今度全員にカフェテリアで一番の高級ケーキを奢ってやらなければ。角を曲がり、軍事会議室の扉が見えた。
「失礼します」
視線が突き刺さる。
防軍司令・桐生鋼が腕を組んだまま目だけをこちらに向けた。戦略情報局長・如月零が無表情のまま時計を見た。そして一言。
「三時〇六分です」
長机の両側に並んでいる各軍参謀たちが、一斉に視線を外した。
第二軍参謀たちが、小刻みに震えていた。
無理もない。軍団長が遅刻した以上、直属の参謀も連帯責任だ。零に記録された。内務局に報告が上がる。始末書は確定だろう。私のミスで彼女たちまで巻き込んでしまった。
本当に申し訳ない。
資料を受け取り席につくと、隣に座った舞花が、小声で囁いてきた。
「珍しいね。なんかあったの?」
「後で話す」
「え、怒ってる?」
「後で話す」
舞花が少し小さくなる。
零が立ち上がった。
「それでは全員揃いましたので、作戦名称『サクラチル』の最終確認を行います」
室内を見渡す。
「なお、本会議の内容は第二級機密事項に指定されています。会議室からの情報の持ち出し、及び権限を持たない者への開示は、内務局管轄の情報保全規定第七条に基づき、即時処分の対象となります」
「では始めます」
ホログラムマップが展開された。工作員たちが収集した、武蔵野庭園学園の内部マップだ。重要設備に赤い光点がついている。
「まず部隊編成から。遠征軍第一軍、強襲降下部隊の編成を確認します」
第一軍参謀の一人が立ち上がった。
「強襲降下奴隷歩兵部隊、三千二百名。八人乗り降下ポッドに十六名詰め込みます。着地後、麻酔ガスグレネードを使用しながら突撃、防衛線を崩壊させます」
「ちょっと待って」
舞花が手を挙げた。
「十六名って、酸素は足りるの?」
「……計算上は問題ありません。展開までの待機時間は最大で二十分程度ですので」
舞花が資料に何か書き込んだ。
「奴隷兵だし、まあいいや。続けて」
参謀が咳払いをした。
「なお、前回の作戦における知見として、正規軍を最初から揚陸艇で降下させた場合、着地直後の集中砲火による損害が想定以上に大きいことが分かっています。今回は奴隷兵を先行させて防衛線を混乱および崩壊させた後、正規軍が降下するという手順を採用します。今作戦における実験的要素の一つです。結果次第で今後の標準戦術に組み込みます」
「強襲降下正規歩兵部隊、千六百名。同じく降下ポッドで降下。奴隷兵の突撃による防衛線崩壊後に展開、制圧を行います」
「親衛隊遠征部門、百名。本軍とは別座標に高速降下ポッドで転移、後方浸透ののち、重要設備への直接攻撃を担当します」
零が頷く。
「第二軍」
第二軍参謀が立ち上がった。
立ち上がりざまに、隣の参謀と肩がぶつかった。小さく謝って、資料を持つ手が少し震えていた。
「掃討戦歩兵師団、四千名が第一軍制圧後に展開。捕虜収容輸送部隊が随時捕虜を引き受けます。占領地行政接収班、拠点構築班が並行して動きます」
声が、わずかに上ずっている。
「機動砲兵隊の展開タイミングは」
「第一軍が防衛線を突破した時点で、道路封鎖ラインへの移動を開始します。展開予定地点はすでに事前偵察済みです」
参謀の声が少し落ち着いた。どうやら平常運転に戻れたらしい。
「補給線は」
「マチルダ砲兵トラックの燃料補給は、占領地に設置する前線拠点から行います。拠点の建設は第一軍制圧後、六時間以内を目標としています」
「六時間か」
資料に目を戻す。
「防軍」
鋼が目を開けた。
「本土防衛に四千名残す」
参謀が何か補足しようとしたが、鋼が続けた。
「遠征中に本土を突かれた場合の対応は、防軍参謀部が独自に立案し、決定済みだ。会議で時間を取る必要はない」
「……了解」
零が資料をめくった。
「次に、想定されるリスクと対応策について」
舞花が身を乗り出した。資料に赤線を引きながら、真剣な目で聞いている。今日はいつになくまじめだ。
「第一、転移失敗の場合」
第一軍参謀が答える。
「転移失敗の場合、工作員が事前に設置したビーコンを再確認の上、一時間後に再試行します。その間、蘇生プラント爆破は予定通り実行済みのため、武蔵野の蘇生能力は失われています。時間的優位は維持できます」
「……前回の反省を踏まえての対応です」
参謀が少し声を落とした。
「前々回の作戦において、宣戦布告直後に転移装置の不具合により奇襲が三時間も遅延しました。その間、相手学園に防衛態勢を整える時間を与えてしまい、損害が増加しました」
室内の空気が少し重くなった。
零はその時のことを思い出したのか、ペンを持つ指に少しだけ力が入る。
「情報局長より当時、相当のご指摘をいただきました。以来、転移装置の事前点検を三段階に強化しています。今回は問題ありません」
「事前点検の最終確認は誰がやるの?」
舞花が聞いた。
「整備部隊長が責任者です」
「整備部隊長に直接確認取れる? 今日中に」
「……取ります」
「よろしく」
舞花が資料に書き込みをした。
「第二、工作員の事前発覚の場合」
「突撃隊所属の工作員三名は交換留学生として正規の手続きで入学しています。発覚した場合でも、法的には不法侵入の証明が困難です。ただしビーコンが発見された場合、転移座標を失います。その場合は別の座標への転移に切り替えます。精度は下がりますが、同盟学園内の別学園にビーコンを予備として設置済みです」
「予備ビーコンの設置場所、零に確認してある?」
私が静かに言った。
「はい。情報局長より承認を得ています」
「第三、武蔵野が予想以上に抵抗した場合」
第一軍参謀が答える。
「奴隷兵の追加投入で対応します。武蔵野の蘇生プラントは作戦開始と同時に爆破されているため、相手の消耗は回復不能です。時間が経てば経つほど有利になります」
「抵抗が想定以上に激しかった場合の、第一軍の撤退ラインは決めてある?」
鋼が目を閉じたまま言った。
会議室が少し静かになった。
「……現状、撤退ラインは設定していません」
「設定しろ」
鋼が静かに言った。
「勝てる戦いでも、撤退ラインを持たない軍は崩れる。どこまで押されたら引くか、事前に決めておけ」
参謀たちが顔を見合わせた。
「第一軍が防衛線突破後に三時間以上制圧できない場合、一時転移で後退。転移装置の冷却時間を利用して再編成。どうぞ」
鋼が促した。
参謀が書き込みを始めた。
「……了解しました。その線で設定します」
「第四、同盟学園が即座に援軍を送ってきた場合」
零が端末を操作した。
「武蔵野庭園学園への宣戦布告は、同盟規定により三十一校全てへの自動布告となります。つまり援軍ではなく、全学園が同時に競争状態に入ります。ただし現実的には、小学園が即座に援軍を送れる戦力を持っているケースは稀です。第二軍が占領地に拠点を構築する速度の方が速い」
「同盟学園の中で戦力のある学園は?」
私が静かに聞いた。
「三十一校のうち、常備軍を保有しているのは二校。いずれも中学園規模です。残りはゲリラ的で貧弱な戦力しかありません」
第二軍参謀が続けた。さっきよりだいぶ声が落ち着いていた。
「援軍の準備にはどう急いでも一時間以上かかると予測しています。しかも武蔵野への転移門は、作戦開始と同時に転移した親衛隊が破壊・制圧します。転移門経由での兵力投入は不可能になります」
「となると陸路しかない」
私が静かに言った。
「その通りです。道路上の要所に第二軍の砲兵トラックを事前配置します。軽トラックに乗せた機動砲兵部隊を道路沿いに展開して、陸路で進軍してくる援軍を随時叩きます。補給を断てば自然と引き返すでしょう」
「砲兵トラックの通信はどうする。分散配置した場合、電波妨害を受ける可能性がある」
「有線ケーブルで各車輌を接続します。統合指揮車輌から座標と砲撃角度を指定する形で。電波封鎖下でも統制射撃が可能です。配線はバイク部隊が行います。展開後、各砲兵トラックへの接続まで十五分を想定しています」
私が頷いた。
しばらく、資料をめくる音だけが続いた。
「以上で最終確認を終わります」
零が資料を閉じた。
「異議のある者は」
鋼が、ゆっくりと目を開けた。
「一つだけ」
視線が集まる。
「作戦は完璧だ。だから言う。完璧な作戦ほど、想定外に弱い。現場の判断を信じろ。参謀の想定が外れた瞬間に、現場が動ける余白を作っておけ」
「それでは会議を終了します」
零が立ち上がった。
「なお、第二軍は本日の遅刻理由について顛末書を明日までに提出するように」
第二軍参謀たちの背中が、また少し縮んだ。
零はそれだけ言って、情報局員たちと資料を抱えて退室していく。
追及されなかった。今日は珍しく。
椅子を引いて立ち上がると、舞花がそっと近づいてきた。
「ごめーん。あれでしょ。私の連絡が悪かったんでしょ。怒ってる?」
「怒ってない」
「ほんとに?」
「ほんとに。ただ」
私は舞花を見た。
「もう会議室って書くのやめてくれ。役員会議室か軍事会議室か、どっちかちゃんと書いてくれ」
「あ゛ー……ごめん、いつもそれやっちゃうんだよね私」
「分かってる。だから言ってる」
「次こそは気をつけるよ~」
私は資料を抱えて歩き出した。
舞花が隣についてきた。
「三週間後、絶対うまくいかせるからね!」
「今回は珍しくやる気だね」
「ほむらと一緒に、武蔵野の庭園でケーキ食べたい」
「……それが目的か」
「目的の一つ♪」
怒ってないって言ってたけど、本当かな。
早く、ほむらとデートへ行きたい。
6話:ウルフ04の日常-2 は、今夜投稿予定です~
一般兵士目線のお話です!お楽しみに!
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