1話:新入り会議
「――さて」
西園寺椿が、資料を一枚手に取りながら口を開いた。
「今年の春季配給は漂白済み魂四千個、新入生二千名。例年通りです。始めましょう」
長机の上座に、神楽坂玲緒奈が座っていた。
ふかふかの革張りの椅子に深く腰掛けて、紅茶のカップを傾けている。退屈そうに、窓の外を眺めている。
周りを囲むように、役員たちが座っている。
第一副会長・西園寺椿
第二副会長兼遠征軍第二軍団長・一ノ瀬ほむら
労働局長・五十嵐結衣
戦略情報局長・如月零
遠征軍第一軍団長・不知火舞花
研究開発局長・氷室アヤメ
防軍司令・桐生鋼
司法局長・九条院紗夜
宣伝局長・夢咲らら
内務局長・白鳥詩織
教育局長・日向温
壁には地図が貼られていた。霞学園の勢力圏が赤く塗られている。
「まず蘇生コストの確保から」
五十嵐結衣が資料をめくりながら言った。眼鏡の奥の目が、数字を素早く追っている。
「先月の戦闘損耗分の蘇生に千二百個。備蓄として八百個。残り二千個を各部門の設備投資に回す予定ですが——」
「研究局に五百は欲しいですね」
氷室アヤメが、にこにこしながら割り込んだ。自分だけ別の資料を広げて、何かに書き込みをしながら話している。
「新しくやりたい実験があって。材料が足りなくて」
「去年も同じことを言ってましたよね」
結衣が眉を上げる。
「言いましたっけ」
「言いました」
「でも今年は違うんです。去年より面白い実験なので」
「面白いかどうかは関係ないんですが」
「関係あります」
如月零が二人を一瞥した。二人は黙った。
零はいつも通りだった。背筋を伸ばし、表情を動かさず、ただ資料を見ている。会議室の温度が少し下がった気がした。
玲緒奈は紅茶を一口飲んだ。
「研究局への配分は後で決めます。次に新入生の振り分けについて」
資料が配られた。二千名分のデータ。身体能力、学習能力、精神安定度、その他諸々の数値が並んでいる。しばらく、紙をめくる音だけが続いた。
「防衛部門から百五十名の要請が来ています」
桐生鋼が、淡々と言った。資料を見ることなく、既に数字を頭に入れているようだ。
「東部の防衛ラインを強化したい。特に体力値上位の子を優先してほしい。基礎体力があれば、あとはこちらで鍛える」
「整備部門も百名ほど」
一ノ瀬ほむらが、資料を見ながら言った。他の誰よりも細かく書き込みがされた資料を、静かにめくる。
「マチルダ砲兵トラックの改修が続いているので、正直手が足りない」
「宣伝部門は五名」
夢咲ららが、指を一本立てた。長い爪が、蛍光灯の光を反射する。
「素材が良い子限定で。顔が良くて声が良くて愛嬌がある子。それ以外は要らないです」
「贅沢ですね」
「宣伝は顔が命なので」
ららは悪びれもせず、にっこり笑う。
「突撃隊は今年も百名でいいですか」
日向温が、ふわふわした声で確認した。他の役員とは少し違う、柔らかい空気をまとっている。
「例年通りで」
「はい。配属式でのデータを見る限り、今年は素質のある子が多そうで。楽しみですね」
温は目を細めた。その笑顔は、本当に嬉しそうだった。
テーブルの端で、白鳥詩織が黙って資料を見ていた。他の役員が話している間も、ずっと資料から目を上げない。ペンを走らせている。
「内務局は」
椿が確認する。
「三十名で十分です」
詩織が、静かに言った。ペンを置いて、初めて顔を上げる。
「多すぎても管理が煩雑になる。質を重視します」
「新入生の魂記録登録と各種手続きについては」
九条院紗夜が、静かに口を開いた。資料を綺麗に整えながら、淡々と言う。
「例年通り、私が管理します。配属が決まり次第、順次登録を進めます」
「了解です。では残りは労働部門と教育部門で——」
「ちょっと待って」
不知火舞花が、手を挙げた。さっきから椅子に浅く腰掛けて、落ち着きなく足を動かしていた。
「遠征軍への配分はどうなってるの。今年こそちゃんとほしいんだけど」
「遠征軍への直接配属は認めていません」
椿が即答する。
「各部門で育成してから移動させる規則です」
「分かってるけど、去年の補充が全然足りなかったじゃん。死んだ分が蘇生で戻ってくるとはいえ、新しい血も必要でしょ」
「それは各部門の育成計画の問題です」
「冷たいなあ」
「事実です」
舞花はむっとした顔でほむらを見た。ほむらが資料から顔を上げる。
「ほむら、なんか言ってよ」
「椿の言う通りよ」
「ほむらの裏切り者」
「事実だもん」
椿が資料を一枚めくった。
「では、配属式の段取りを確認します。当日の進行は温が担当。まず全員を講堂に集め、心構えの説明を行います」
「はい」
温がふわふわした声で答えた。
「その後、新入生を二十名ずつ百班に分けて見学ツアーを行います。整備場、弾薬工場、蘇生プラントなどなど各施設を順番に」
「遠征軍の突撃訓練の実演も」
椿が続ける。
「新入生に実戦部隊の動きを見せておく」
「了解です」
「実演の後、配属式典。スクリーンで名前とIDを表示して、各部門へ振り分け。最後の百名については——」
「任せてください」
温が微笑んだ。
「毎年のことですので」
「突撃隊の子たちには伝えてありますか」
零が静かに確認する。
「もちろんです。今からとても楽しみにしているそうで」
温はそう言って、また目を細めた。
しばらく、紙をめくる音だけが続いた。
「——ねえ」
玲緒奈が、ふいに口を開いた。
全員の視線が集まる。
玲緒奈は窓の外を見たまま、カップをゆっくりと置いた。
「武蔵野の同盟、そろそろ頃合いだと思わない?」
誰も何も言わなかった。
椿が静かに頷く。
「三週間後かと」
「そう」
玲緒奈はまた紅茶を一口飲んだ。
窓の外には、広大な学園都市が広がっていた。赤く塗られた勢力圏の、その先に。まだ赤く塗られていない場所が、広がっていた。
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次回、2話:捕食者たちのお茶会 です!5月19日 19時更新予定です!
しばらくは毎日で投稿予定ですっ!
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