プロローグ:少女配属式
旧作から来てくれた方へ。長らく本当にお待たせしました。
初めて来てくれた方へ。ようこそ。本当にようこそ
希望はあります。ただ、それが実ることはありません。
そういう話が読みたくて、書いています。
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空が、やけに青かった。
風で飛んできた桜の花びらが、真新しい制服の肩にへばりついている。指ではじき飛ばそうとして、やめた。なんとなく。硬い襟のせいで首元がずっとちくちくしている。
隣の子と目が合った。
「……緊張する?」
ひそひそ声で聞くと、彼女はワンテンポ遅れて頷いた。私も、と言いかけた口を閉ざす。前に並ぶ先輩の視線がチクリと刺さったからだ。
六千人。
今年、霞学園に配属された私たちの数だ。広大なグラウンドに整列してもかなり窮屈だった。これだけの人間が、同じ服を着て、同じ方向をじっと見つめている。
壇上に、白衣の先輩が立った。
「みなさん、ご入学おめでとうございます」
マイクを通した声は、あくびを噛み殺しているみたいに間延びしていた。張り詰めていた肩の力が、ふっと抜ける。
周りの子たちは真面目に前を向いていたけれど、私は「友達できるかな」なんて呑気なことを考えていた。
玲緒奈様、という名前が挨拶の中で何度も出てきた。その単語が響くたび、警備の先輩たちの背筋がピリッと伸びる。どんな人なんだろう。きっとすごい人なんだろうな。
説明が終わると、見学ツアーになった。
「これがマチルダ! うちの子!」
整備場。案内の先輩が、トラックに乗った大砲を自慢げに撫で回している。
「かわいいですね」
と適当におだてると、先輩は満足げに笑った。
「よく弾が詰まるんだけどね!」
……詰まるんだ。
弾薬工場も見た。機械がずらりと並んで、せっせと金属の弾を吐き出している。この弾がどこに飛んでいくのか、私にはよく分からない。
最後に、蘇生プラント。
廊下に足を踏み入れた途端、肌にまとわりつく空気が冷たくなった。
壁沿いに並ぶ警備の先輩たちは、瞬きすらしていないように見える。腰のホルスターで黒光りする銃。無機質な瞳と目が合った気がして、私は咄嗟に足元へ視線を落とした。
分厚い扉を抜けると、そこは白い部屋だった。何もかもが白い。大きな機械が整然と並び、白衣の先輩たちが黙々と何か作業をしている。胸元のバッジは五年生や六年生のものばかりで、一言でも喋ったら殺されそうな圧迫感があった。
「これが蘇生プラントMk-IVね」
案内の先輩が、カップ麺の待ち時間でも教えるように言った。
「死んでも三分で生き返れるから、霞学園は強いんだよ」
三分。
先輩が少し身を屈めて、耳打ちしてくる。
「ここだけの話ね。会長たちが使うやつは、もっと早いらしいよ」
私は気の抜けた声しか出せなかった。白衣の先輩たちは、私たちを一瞥すらもしなかった。
グラウンドに戻ると、部隊対抗訓練の実演が始まった。
先輩たちが二手に分かれて向かい合う。みんな笑っていた。楽しそうだ。
「始め!」
笛の音。乾いた破裂音が連続する。火薬の匂い。走っていた先輩たちが、突然、糸の切れた人形みたいに崩れ落ちた。
隣の子の喉から、ひゅっ、と変な音が漏れる。
「射撃やめ!」
倒れた先輩たちはピクリとも動かない。数人が、芝生を掻きむしりながらうめき声を上げている。そこへ、別の先輩が歩み寄った。膝をつき、腰のホルスターに手を伸ばす。
カチャリ。
——パン。
うめき声が、消えた。
また別の先輩のところへ。
パン。パン。
グラウンドに、ひんやりとした静寂が戻った。
胸が詰まって、空気が吸えない。肺が痛い。
しばらくして、先輩たちがこちらへ歩いてきた。さっき倒れていた先輩たちが、同じ顔で、同じ制服で、少し髪が濡れているだけで戻ってきた。
「ありがと!」
さっき撃たれた先輩が、自分を殺した先輩に笑いかけている。
「どういたしまして!」
殺した先輩も笑い返す。
頭がおかしくなりそうだった。隣の子がガチガチと歯を鳴らしている。
「ああ」
横にいた案内の先輩が、私たちの様子を見て言った。
「『慈悲の一撃』っていうんだ。苦しんでる子を早く蘇生させてあげるために、トドメを刺してあげるんだ」
トドメ。慈悲。意味が分からない。
「まあ、すぐ慣れるさ」
グラウンドには、さっきまで笑っていた先輩と同じ顔の死体がまだ転がっている。なのに、その向こうで同じ顔をした先輩が笑っている。視界がぐにゃりと歪む。足の裏が地面から浮いているみたいだった。
「では、配属発表に移ります」
マイク越しのふわふわした声。名前が読み上げられるたび、誰かが列を離れていく。防衛、生産、宣伝。作業のように淡々と続いていく。
私の名前は、呼ばれない。
「……なかなか呼ばれないね」
隣の子が、すがるような声で言った。頷こうとした時。
「——ナナミ」
スクリーンに映し出されたのは、隣の子の名前だった。
彼女は書類を受け取りに列を離れる。すれ違いざま、彼女が私を見た。「またね」そう言って、彼女は後ろへ消えていった。
私の名前は、まだ呼ばれない。
「最後に、メーテル突撃隊への配属者を読み上げます」
周りの空気が、シンと冷え込んだ。
先輩たちがわずかに姿勢を正す。かすかなため息。突撃隊。それが何なのか知らない。でも、本能が「やばい」と警報を鳴らしていた。
バンッ、とグラウンドの端の扉が乱暴に開いた。
「あはははは!」
一般
甲高い笑い声。他の生徒の制服とは非なる純黒のジャケットとスカートの集団が、ピクニックにでも来たような軽い足取りでなだれ込んでくる。読み上げは続いているのに、彼女たちはお構いなしにショーケースのケーキを選ぶような目で私たちを覗き込んできた。
「かわいい! この子私の!」
「えっ、ずるい! 私も!」
名前が聞こえた。
私の名前が。
気がつくと、目の前いっぱいに「顔」があった。
瞳孔の開ききった、ギラギラした目。満面の笑み。
「み〜つけたっ! 君だね! すっごく可愛い!」
「え、あ、あの……」
「君は私とペアだよ! 今日から私と一緒! お風呂も寝るのも、自爆するのも、ずーっと一緒だよ!」
自爆。
頭の中が真っ白になった。
「行くよ! 玲緒奈様のために死ぬ方法、たーっぷり教えてあげるから!」
「ちょ、待って、痛い、痛いです先輩!」
手首を掴まれた。骨が軋むほど痛い。無理やり引きずられながら、私はグラウンドを振り返った。
整列したままの先輩たちが、無表情でこちらを見ている。羨むような目。憐れむような目。さっきの「隣の子」の姿は、もうどこにも見えなかった。
ガチャン。
重い鉄の扉が、私の視界を真っ暗に閉ざした。
次回、1話:ウルフ04の日常-1 です。当分は毎日投稿を行います
新入生の子の話です。
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