10話:血路を開け
第七転移門ホールに駆け込んだ瞬間、目に飛び込んできたのは——百人ほどの生徒たちだった。
壁際に身を寄せ合って震えている子。床にへたり込んで泣いている子。転移門の前で立ち尽くしている子。
戦闘音を聞いて逃げてきたのだ。でも、誰も転移門をくぐれていない。
「……あ、副会長!?」
声を上げたのは、転移門の前を固めていた防衛部隊の少女だった。驚きながらも即座に敬礼する。目が血走っていた。
「一体外で何が! 上層部と連絡が取れなくて……学園全体が沈黙していて——」
「説明はあとよ」
息を整えながら言った。後ろから、学生寮で拾った新入生たちがよろよろと入ってくる。
「すぐに敵がここを破壊しに来るわ。なぜ門を起動していないの」
「それが——宣戦布告直後に、防衛本部から『ゲートを封鎖して死守せよ』との命令が……」
彼女の声が揺れる。
「緊急時に避難路を塞ぐなんて……でも、本部からの正式な命令で私たちには覆す権限が——」
「封鎖して死守?」
まさかそんなはずが。
「緊急時にそんな命令が出るはずがない」
「ですが、確かに——」
「通信施設を制圧されてるわ。敵が偽の命令を流したのよ。避難路を塞いで学生を囲い込むために」
一瞬だけ目を閉じた。
「急いで。今すぐ封鎖を解除して」
防衛部隊の少女たちが、顔を見合わせた。
一瞬の沈黙。
それから、弾かれたように動き出した。
「埼玉第三小学園に繋ぐわ」
操作パネルに向かった。昨日まであそこにいた。座標は分かる。
指を走らせる。
転移門が、起動し始めた。
「動いた——!」
ホールにいた生徒たちがどよめいた。泣き崩れる子がいた。何かに祈るように手を組む子がいた。
「急いで入って! 一人ずつ! 早く!」
生徒たちが転移門に殺到し始めた。
その時。
——ガチャンッ!
頭上の天井から、重い防音扉が蹴り破られる音が響いた。
動きが一瞬止まる。
「見っけー! 最後の出口だ!」
天井越しに聞こえてきたのは、明るくて軽い声だった。
奴らだ。
「あはは! 爆発するよー! 壊れるよー!」
突撃隊の少女たちが、ピンを抜いた爆薬を抱えて部屋へなだれ込んできた。
「伏せろおおおッ!!」
防衛部隊の少女たちが、迷いなく飛びかかった。自爆装置を身に纏った少女たちの体に、力任せに覆いかぶさる。
ドォォォォン!!
鈍い衝撃。防衛部隊の少女たちが、肉の壁として爆発を受け止めた。
でも、その隙間から、慣れた手つきで少女が転移装置に向けて爆弾を投げつける。
ドォン!
装置のケーブルが爆風ではじけ飛ぶ。
「間に合わない——っ!」
装置が火花を散らした。転移門が閉じかけている。
まだ残ってる子がいる。入れていな子がいる。
「行って! 副会長!!」
防衛部隊の少女が、私の背中を力いっぱい突き飛ばした。
「嫌! あなたたちは!?」
「いいから! 生きて、同盟に繋いで!」
光の渦に押し込まれながら、門に入れなかった後輩たちの声を聞いた。
「見捨てないでぇ……っ! 楓さん、お願い、行かないでぇぇぇっ!!」
悲鳴が、悪魔たちの笑い声にかき消された。
「あはは! 仲良しさんだねぇ、じゃあ一緒に幸せになろうね!」
「いやぁぁぁぁぁっ! 離してっ!!」
限界を迎えた転移装置が暴走し、空間を繋ぐゲートが急速に収縮を始めた。
少女の体は、光の枠外に弾き出されていた。だが、背中を押したその右腕だけが、まだ転移の有効範囲に残っていた。
空間が、閉じる。
——ブツンッ。
刃物で切られたのではない。空間の断層によって物理的に削ぎ落とされるような、生々しい音。
視界が、光の渦に覆われた。
——ドォォォォォン!!
装置が誘爆し、ホールが炎に包まれる。
視界は、猛烈な衝撃と共に闇へと叩き落とされた。
次の瞬間、冷たい床の上で血を吐き出していた。
背後で、轟音と共に何かが完全に沈黙した。
もう誰も来ない。
道は完全に閉ざされた。
「……あ、あ……」
横を見ると、大理石の床の上に、「一本の腕」があった。
五本の指はまだ何かを掴もうとするようにピクリと動いて、手首の断面部からは鮮血が噴き出していた。
さっき、背中を押してくれた少女の腕。
悲鳴も上げられず、その真っ白な腕を見つめた。
しばらく動けなかった。
床に手をついて、冷たい大理石の感触だけを感じていた。
周りで、生徒たちが泣いていた。呆然としている子がいた。膝をついて震えている子もいる。
誰かが肩に触れた。
「副会長、血が——」
「大丈夫。私の血じゃない」
ゆっくりと立ち上がった。
腕を見ないようにした。
「責任者を呼んで」
声が、思ったより落ち着いていた。
「武蔵野庭園学園は陥落したわ。同盟全体に警告を出さないといけない」
埼玉第三小学園の会議室は、混乱していた。
会長の原田静香が、血の気の引いた顔で資料をめくっている。副会長たちが声を荒げて言い争っている。通信担当の子が、端末を叩きながら「繋がらない、繋がらない」と半狂乱で繰り返していた。
その中心に、座っていた。
「——つまり、武蔵野は完全に」
静香が、絞り出すように言った。
「はい」
答えた。
「役員棟は完全に制圧されました。蘇生プラントは開戦と同時に爆破されています。転移門も、私たちが抜けたものを最後に全て破壊されました」
会議室が、静まり返った。
「そんな……わずか数十分で……」
副会長の一人が、かすれた声で言った。
「開戦からわずか数十分で、我々は盟主を失ったということですか」
誰も何も言えなかった。
三十一校を束ねる巨大な学園同盟は、たった一瞬で頭を潰されたのだ。
「まだ連絡が取れているところがあるなら、今すぐ状況を伝えてください。霞学園は次を狙ってくる。早ければ今日中にでも」
「で、でも——」
静香がこちらを見た。
その目に、明らかな怯えがあった。
「霞学園から……実は昨日、使者が来ていたんです」
「使者?」
「降伏すれば、穏やかな統治を約束すると。戦わなければ、生徒たちは守られると」
静香を見た。
静香はサッと視線を逸らした。
「……静香会長」
「武蔵野の防衛部隊の子たちが、私のために死にました。転移門を守るために、自分から爆発に飛び込んだ子がいました」
部屋の空気が少し変わった気がした。
「霞学園の『穏やかな統治』が何を意味するか、私たちは知っています。奴隷か資源になる。それだけです」
静香の手が、資料の上で止まった。指先が、小さく震えている。
「私は戦います」
立ち上がった。
「一人になっても戦います。でも、もしも一緒に戦ってくれる人がいるなら、力を貸してください」
会議室がまた静まり返った。
静香は俯いたまま、書類の端をきつく握りしめた。
長い沈黙があり、やがて静香がゆっくりと顔を上げた。
「……分かりました。全同盟学園に緊急連絡を。武蔵野庭園学園陥落。同盟は継続する。各学園は戦闘準備を」
通信担当の子が、弾かれたように端末に向かった。
窓の外を見た。
空はまだ青い。
武蔵野の庭園も、最初はこんな空の下にあった。
まだ終わりじゃない。
撫子会長が守ろうとしていたものを、自分が続ける。
静香はその間一度も、こちらを見なかった。
次回11話:英雄たちの帰還 です
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