第23話 婚約したんだから 殺し合うまで
「あの…ちょっと、後ろ…」
リヒトさんは、僕の後方をチラリと見る。
振り返ると、廊下の遠い向こうで、
僕たちを見守る黒山の人だかりができている。
僕は諦めてリヒトさんに微笑むと、
彼女を支えて、二人で立った。
人だかりは、ジリジリと様子を窺っている。
僕が、大きく頷いて見せ、「おいでおいで」と手を振ると、
大歓声が沸き起こり、
黒山が猛然とこちらに突進してくる。
「大王様がご婚約だ!!」
「シリウス様とリヒト様がご婚約だ!!!」
一番早いのはもちろん、猪突猛進・神亥ステファニー。
「おめでとうございます!」
と泣きながら、
片手で僕たちを振り回し、後方の群衆にすっ飛ばす。
「万歳!」
「大王様万歳!」
「ご婚約万歳!」
廊下に溢れかえる群衆は、僕たちを胴上げして、揉みくちゃにする。
僕は、リヒトさんが折れるんじゃないかと心配で、
彼女を抱えると、両手で高々と差し上げた。
が、それを見た人々は、どよめき、大歓声を上げ、
口笛まで鳴り出す始末。
「お前たち…!落ち着くんだ…!!」
『落ち着けません!!!』
『我々が、どれだけ嬉しいか!!!』
『どれだけこの時を待っていたか!!!』
ステファニー、大王付き、衛兵、メイド、料理人、官吏…
皆、泣いては笑い、
泣いては笑っている。
「分かった!
分かった!!
お前たちの気持ちは分かった!!!
…まあ、落ち着け。
今から、いいものを見せてやるから…」
いいもの…
イイもの…と波のように伝播して、
人々は静まる。
僕はリヒトさんを降ろす。
「婚約後、初めての口づけだ。」
僕はリヒトさんの顎を引き寄せた。
驚いて見開いたリヒトさんの視線と僕の視線が
一瞬パチリと合う。
次の瞬間、
僕はリヒトさんの口に、
思い切り唇を押し当てた。
一瞬の間が訪れた後、
再び大歓声が上がり…
結局、
僕たちは再び、
揉みくちゃにされたのだった。
*******
その後は、ステファニーが猛然と十二支に報告の【ウリボウ】を走らせ続け、
十二支からもヤンヤと祝いの神通力が飛んでくる。
いつの間に、大神殿の皆が、僕たちのことを応援してくれていたのか、
いつの間に、午後以降の予定が延期になったのか、分からない。
「大王のご婚約としての手順がございます。」
と頭を痛める執事モレルをよそに、
大神殿がお祭り騒ぎになり、気付けば日が暮れていた。
*********
まだ、大神殿が賑わいを残す中、僕は自室に戻ってきた。
執事のモレルが、今後の流れを説明するのを頷き返しながら、
風呂に向かう。
結局、あの後は、ほとんどリヒトさんと話せなかった…
風呂を出たら、会いに行こう…
何せ、今日、僕たちは婚約したんだから!
…とここで、ハタと止まった。
「モレル!ヤン!」
すぐに風呂場に二人が入って来る。
「婚約したら…
どこまで進んでいいものだろうか…」
モレルとヤンが顔を見合わせる。
「一般的には、結婚してから…そ…そういうことを…するんだろう?
だから…婚約の段階では…だめ…だな?
そうだろう?」
「一般的には、というお言葉に尽きますね。」
湯けむりの向こうで、モレルが静かに言った。
「シリウス様とリヒト様は、一般的な出会い方、ご関係とは程遠いと存じます。」
「僕の背中を押すのか…お前は…」
「シリウス様」
ヤンが切り込む。
「我々大王付きにお任せください。
婚約中の出来事は、全て隠し通します。
お子様が出来たら、お誕生日を調整します。
最悪、【忘却】させればよいのです!」
「お前…力強いな…」
「シリウス様は、そうなさりたいのでしょう?」
「したい。したいよ、すごくしたい。」
僕が急き込んで言ったからか、二人とも笑いをこらえて目を白黒させている。
「…でも、リヒトさんの希望も…あるだろう…?」
「リヒト様は必ず拒否なさいます。」モレル
「絶対、そうですね。」ヤン
「エッ!?」
僕はいたく傷ついて、思わず、湯に顔を沈めてしまった。
「僕は…そんなに…魅力がないのか…?」
「まさか!」
ヤンが飛び上がる。
「シリウス様よりも魅力のあるオス♂なんて、この世にいません!!!」
「大げさだな…」
「ヤンの言う通りです。」
モレルが続ける。
「しかし、リヒト様は不屈の忍耐力の持ち主。
シリウス様を守るために、薬を打ちまくった挙句に、
ボロボロの身一つで大神殿を出て、
見知らぬ街で暮らす方。
大神殿、宮殿という場所でも、精進を怠らず、勤勉に過ごす方…
こんな方の貞操観念が正常作動していれば、
それを打破できる下半身の潜水艇などありません。
たとい、シリウス様の潜水艦でも。」
「恐るべき説得力だな…モレル…」
僕は頭を抱える。
しかし、ヤンが声を張り上げた。
「そこは…この大王付き、リヒト様付き従者が一工夫しております。
…酒です。
リヒト様はお一人では飲まれませんが、
十二支会議のときに、ツムギ様たちと飲んでいらっしゃいました。
…楽しそうに笑って。」
僕は顔を上げた。
「酒で…楽しそうに…?」
「ええ…!
お酒で気分が上がるリヒト様…
うわばみのようにお酒を飲んでも、発射管の強度が損なわれないシリウス様…」
「お前、なぜ知っているんだ…」
「既に、リヒト様付きが、リヒト様のお部屋に酒を準備しております。」
「そ…そうか……あ、ありがとう…」
風呂を出て自室に戻ると、ふと目の端に光がちらつく。
ハッと窓を見ると、リヒトさんから「どうぞ」の燭台の合図。
慌てて「行きます」の合図を返す。
込み上げる嬉しさをこらえて振り向くと、
二人も必死に笑いをこらえて、僕に言った。
「さあ、いってらっしゃいませ。」
*******
窓から見える静かな星明り、
どこかから聞こえる喜びの声、
廊下の足元に漂う冷気。
僕は、ガウンの襟元を少し掻き合わせる。
貴女が受け入れてくれるなら、
僕はそういうことを、するだろう。
貴女が受け入れてくれるなら、
僕は我慢なんかしない。
リヒトさんが獣化したら?
僕が変化したら?
…もし、そうなったら、
あの日、言ったように…
そう、殺し合いましょう、リヒトさん。
殺し合いながらでも、
貴女と一つになれるなら、
身勝手でもなんでも、
そこが人生の、
最後の一ページで、
いい。
十二支と神鼠は猫に「こい」
第Ⅰ章(人生の 最後のページで 見えるもの):https://ncode.syosetu.com/n5418ls/
第Ⅱ章(猫に恋する神鼠 妹に恋する禁忌の竜):https://ncode.syosetu.com/n3802lt/
第Ⅲ章(神山ゴテスベルクと猫天神):https://ncode.syosetu.com/n9385lu/
第Ⅳ章(神鼠の中に 住まう者):https://ncode.syosetu.com/n2574lx/
カクヨムでも連載:https://kakuyomu.jp/works/2912051595951960067




