第22話 猫は プロポーズの 答えを 急に言う
「神通力【忘却】!」
僕は即座に、その場にいる者たちに対して、
テレシウスの言動に関する記憶を消した。
ついでに、壁は、女2人が暴れて刺したことにした。
それが済むと、僕は、
【忘却】直後で、
目が覚めたような顔をしている司法官に、手続を促した。
司法官は「それでは最後に…」と、
リヒトさんに向き直る。
「リヒト・ネコミヤさん、
この場で、何か言いたいことはありますか?」
「エッ…?
私…?」
リヒトさんは、急な呼び掛けに面食らった様子だったが、
エデに耳打ちして、
その場に立たせてもらう。
「あ、はい…
では…
あの…
お受けします。」
誰もが、
僕も、目をパチクリした。
僕がリヒトさんを見ると、
リヒトさんが、僕を見上げている。
「結婚の申込みを、
お受けします。」
僕は、ただ、目をパチクリして、
口をあんぐり開けた。
司法官は、小さく咳払いすると、
「貴女はこの事件の被害者です。
この被告人たちに、
言いたいことはありますか?」
「ありません。」
リヒトさんは司法官を向いて、即答した。
即答ぶりに、司法官は一瞬戸惑った様子だったが、すぐに言った。
「それでは、終結。
被告人たちを連行します。」
司法官と共に、女2人は衛兵に引きずられるように去って行った。
************
彼らの姿が見えなくなると、僕は呟いた。
「僕たちを、二人きりにしてくれ。
今すぐ。」
瞬時に、大王付きが人払いをしながら去って行く。
少し離れた場所で警護を行おうとするダンテスを、
「アンタも行くのよ!ホラ!!」
とエデが引きずって行く声がする。
思わず振り向いてほほ笑んだが、
すぐに、廊下に静寂が訪れる。
僕は怖いような気持ちで、
リヒトさんに向き直った。
リヒトさんは、僕を見上げていたが、
困ったように、
右に左に視線を揺らしながら、
結局、窓の外に視線を向ける。
僕も、鼻の頭をかいて、同じ方向に…
晩秋の柔らかい光に包まれているパティオに目をやった。
張り詰めた時間が、少し、僕たちの間を流れる。
「あの…リヒトさん」
声がかすれてしまった。
僕は小さく咳ばらいをして、
リヒトさんの顔を見る。
「僕たちは…
婚約したんでしょうか…」
我ながら、なんという第一声だろう…
しかし、その一言で、
リヒトさんの青白かった顔は林檎のように赤く染まり、
耳の先端までつやつやと赤くなった。
僕を見上げ、
何か言いたそうにと口を開けたものの、
…ただ、コクリと頷いた。
**********
「へ…?」
僕は思わず、情けない声を出した。
と、リヒトさんがふらついて窓枠をグッと掴む。
僕は、慌ててリヒトさんを支えてしゃがむと、
膝に座らせた。
今になって、僕の胸は激しく鼓動を打ち始めた。
あまりに激しくて、
パティオまで音が漏れそうだ。
情けない僕の代わりに、
沈黙に耐えきれなくなったリヒトさんが、
話し始めてくれる。
「本当は…もっと違うタイミングで言うつもりだったの。
ホラ、君、プロポーズのときは、薔薇百本とか、シロツメクサとか、
ロマンチックなこと言ってたでしょう?
シリウスが、申込みのときにできなかったことを、
私が、承諾のときにやってあげられないかなって…」
僕は、その発想に心底驚いて、
リヒトさんの夕日色の目を見つめた。
「そこで、私は、こう考えました!」
その目はいたずらっぽく輝いている。
「まず、私が、庭園まで歩けるように練習します。
歩けるようになったら、シリウスに成果を見てほしいと言って、
一緒に歩いて、庭園の…
3年前、巻き尺で距離を測った、思い出の東屋に行きます。
『こんなに歩けるようになってすごいですね』って褒めてくれるシリウスに、
その辺りに落ちている、
一番綺麗な葉っぱを拾って、胸元に飾ってあげます。」
得意げなリヒトさん。
僕は鼻の奥がツンとする。
「『これはなんですか』って言うシリウスに、
『これは、誓いの勲章です。プロポーズをお受けします』
って、お返事をするの…
シロツメクサよりも、大人っぽいでしょう?」
僕は吹き出した。
「確かに…テオは『シロツメクサは3歳児だ』って言ってましたから。」
「エェ…シロツメクサもいいと思ったのよ!
でも、今は秋だから…
とにかく!
そしたら、シリウスが、
片手は勲章、もう片方の手は私の手を刻印に添えて、
『一生お守りします』
とか、かっこいいことを言ってくれるの。
フフフ…へへ…」
「…そのシナリオの僕は、ものすごくかっこいいですね…
僕、さっき『へ』しか言わなかったのに…」
「それから、二人で、ランチボックスを開けるの。
ほら…3年前は食べなかったから…」
「…貴女が僕に、手紙を書いてくれたときですね。」
「エッ!?」
リヒトさんは目を見開いた。
「でも、あの手紙は…結局渡せなくて…」
「僕の宝物です。」
僕は、ツヴェルフェト大学に迎えに行ったときのように、
リヒトさんの手に口づけをした。
リヒトさんはモジモジしながら、急いで続ける。
「ランチボックスを開けたら、なんと!
シリウスにプレゼントがあるんです!」
「エッ!」
「…とまあ、こういうことを考えてたんだけど…
今、お返事しちゃった…」
僕はまた吹き出して、
胸いっぱいになって、リヒトさんを抱き締めた。
そして、胸を最高に高鳴らせながら、
婚約後初めての、記念すべき口づけをしようと、
リヒトさんに顔を近づけると、
リヒトさんは慌ててそれを止めた。
(次話に続く)
十二支と神鼠は猫に「こい」
第Ⅰ章(人生の 最後のページで 見えるもの):https://ncode.syosetu.com/n5418ls/
第Ⅱ章(猫に恋する神鼠 妹に恋する禁忌の竜):https://ncode.syosetu.com/n3802lt/
第Ⅲ章(神山ゴテスベルクと猫天神):https://ncode.syosetu.com/n9385lu/
第Ⅳ章(神鼠の中に 住まう者):https://ncode.syosetu.com/n2574lx/
カクヨムでも連載:https://kakuyomu.jp/works/2912051595951960067




