下界へ
下界への扉は、森の奥にあった。
淡く光る扉の前でスミレは足を止める。
「行ってきます。母さん」
そう言うと、メイサはスミレを抱きしめる。
「気おつけるのよ。
シュン、リリナ、スイレン。
それと、ルイもね」
「「はい!」」
返事をしてから、スミレ達は一歩踏み出した。
その時、アイビスが一言。
「ルイ。
いつ話すかは、お前に任せる。
だが、言わないっていうのはなしだ」
誰もが首をかしげる中、ルイの表情には緊張と恐怖の色が浮かぶ。
その姿をスミレはただ、不思議そうに見ているしかなかった。
扉をくぐると、世界が反転した。
たどり着いたところは、薄暗い部屋だった。
「着いた......の?」
スイレンがそう声を漏らすが、それにこたえる者は誰一人いなかった。
スミレは、着いたのかよりもアイビスの言葉とルイの表情に疑問を抱いていた。
「ルイ。
さっきのは、いったい......」
そうスミレが声をかけるのと同時に、目の前の扉が回転し、人が入ってきた。
鋭い視線。そして、顔立ちがメイサを思い起こさせた。
「気配を感じたと思ったら......迷い込んだ子たちかしら?」
女性は、スミレ達を見回し、静かに告げる。
「今すぐに戻りなさい。
ここは、あなたたちが来てはいけないところよ」
その声に、優しさを感じ取ったスミレは一歩前に踏み出す。
「わかっております。
ですが、私達にはここで、やらないといけないことがあるのです」
声に震えはなかった。
「やらないといけないこと?
......重要なことのようね。ここではなんだから、場所を変えましょう」
部屋から出ると、そこは今までに見たことのない豪華な部屋だった。
高い天井、煌めく装飾。
あまりの景色に、スミレ達は言葉を失う。
「ふふっ。
ここはアクア王国の王城、ティラス」
「王城......だから、こんなにもきれいなのですね」
リリナがうっとりとしたように言う。
「それで、あなたは?」
スミレは、きれいなドレスに身を包む女性に警戒しながら訊ねる。
「私は、マリサ・アクアティラス。
この国の女王よ」
優しく微笑むマリサの顔を見て、スミレは最近になって知った母の優しい顔を思い浮かべる。
「あなたたちには、メイサの妹って言った方がいいかしら?」
「「っ!?」」
ー母さんに妹?
村で、聞いたことなんてなかったのに......ー
「驚いた?メイサに妹がいたなんてって。
私はね、戦いに嫌気がさして下界に逃げてきたの」
優しい声とは裏腹に、瞳には消えない影があった。
「だから、村の人々からは臆病者と言われて嫌われているわ」
スミレは、力がなかったころの自分を思い出す。
『役立たず』と『守られるだけの存在』と言われていたあの頃を。
「つらい......ですよね。
自分の苦しみを知らないのに、酷い言葉を浴びせられて......」
その言葉を聞いたマリサは、少し驚いたように目を見開く。
「あなたも、なの?
こんなにも幼い子にまで......」
マリサは、怒ったような顔をした。
「しょうがないですよ。
いつ魔神族が攻めてくるのかわからない環境で、何もできない子が生まれるなんて......」
スミレは少し俯いた。
だが、すぐにマリサの瞳を真っ直ぐに見つめる。
「でも、もう役立たずなんかじゃない。
守る力はもう持ってる」
スミレは自分の手を見つめ、こぶしを握り締める。
「例え、どんなにひどい言葉を浴びせてきた人だとしても、
同じ村で、同じように生きているんです。
私は、村の人を守りたい」
その強い意思に、眼差しに、マリサはメイサの幼き日を重ねた。
「そう......あなたは、メイサの子なのね......
よく似てるわ、顔も意思の強さも」




