5話
田渕は白髪混じりの頭を掻きむしる。彼の癖なのかどうか分からない。苛立ちを抑える為かもしれない。
「どれぐらい待ったでしょうか。小腹が空いてきたので、部下にパンでも買わせようと思った時でした」
拓哉は生唾を飲む。知らない瑠璃が明るみになる前に少し鼻の頭が痺れた。昔から拓哉は、極度に緊張した時、そういった症状が出る。
「その写真の男が近づいて来ましてね」
「瑠璃にですか?」
「はい。浮浪者がお金か何かをせびっているのかなと思ったんです」
「ホテル街に浮浪者の方がいるのは不自然な事ですか?」
「いえ、そんな事はないですね」
破棄された布団、衣類等、賞味期限が切れそうなレトルト食品などを狙って生活している人が多いと田渕は話すが、昨今はボランティア等の炊き出しが頻繁に行われていて、極端にその数は減ったらしい──。
「大変申し訳にくいのですが……」
「……はい」
「二人でホテルの中に消えて行きました」
考えられる一番最悪で、一番シンプルな事実であった。心構えをしていたが、心臓部の痛みが消えない。
「二人で入っただけでしょ?」
拓哉は言っていて虚しい事は分かっていたが、受け止められない圧倒的な現実に、どんな慰めの言葉でもいいから田渕に投げかけて欲しかった。
「一時間弱でしょうかね。二人で出てきましてね」
田渕は友達でもなければ親でもない。そんな慰めの言葉など掛けてもらえるはずもない。分かってはいるが、藁にも縋りたい気持ちだった。
「……そうですか」
「中で何をしていたのかは知りませんよ。部下が『淫行で引っ張りますか?』と言ったんですがね」
「部署が違うと?」
「それはそうなんですが、引っ張っても関係性を喋るとは思えませんでね。泳がす事にしたんですよ」
「そうですか」
拓哉は複雑であった。気持ちは瑠璃から離れていたが、どす黒い感情が蠢いて振り払う事が出来なかった。その正体は紛れもなく“嫉妬”なのだが、つくづく自分の身勝手さに嫌気がさした。
「ホテルを出るなり、二人は別々の方向に歩き始めたんですよ」




