大國主音という男
「大國主音ってどんな人なんですか? 貴夜美さんと同期で幼なじみという事ぐらいしかわからないんですけど」
猛麻呂の問いに対して貴夜美は少し考えた。
「あいつは・・・昔から弱虫で・・・ビビりで・5・コミュ障だった・・・。つるむ奴は俺ぐらいさ・・・。どこにでもいる居場所のないボッチ・・・。でも・・・一つだけ・・・彼がのびのびと生きれる場所があった・・・。それは・・・インターネット・・・。そこでは誰もが他人として生きられる・・・。誰からも受け入れられない自分という存在から・・・目をそむけることができる・・・。彼は2次元の世界にのめり込んだ・・・。そのうち彼は・・・画面の向こう側が現実で・・・この世界が偽りだと考えた・・・。度の過ぎたオタクって奴なのかな・・・。俺はよくあいつを現実の世界に引き戻そうとしていたよ・・・。実に頑固なやつだった・・・。でも自分の芯はしっかり持っていた・・・。そういう奴だ・・・」
主音について語る貴夜美の眼はもの寂しげだった。
「そういう人でもこの『ROOM』でやっていけるのか……」
猛麻呂はホッとしたような悲しいような複雑な思いにとらわれた。居場所のないどんなに世界が辛いかを自分も孤児院で知っていたから……。
「大國主音はどんな能力を持っているんですか? 」
「彼の能力は・・・液晶画面の中に入り込み・・・近くのそれに移動したり・・・中の情報を改変することができるというものだ・・・」
「情報班班長の能力としてはピッタリだNA。Huu〜」
凪はそろそろ会議に飽きてきたのか、息を大きく吐いた。
波はすでに机の上に突っ伏して大きなイビキをかいている。
「なかなか大國主音の姿が見つけられないっていうものその能力のせいかしら」
美香の言葉に猛麻呂は、確かに、と頷いた。
もし、画面の中に潜伏しているのだとすれば、この情報社会において探し出すのは不可能に等しい。
「ともかく・・・政府が計画を実行するまで・・・もう1ヶ月を切った・・・。まずは明日・・・主音の家に行くぞ・・・。何としても手がかりを見つけるんだ・・・。計画の・・・、そして主音の・・・」
貴夜美は席を立った。どうやら会議は終わったようだ。
猛麻呂は大きく息を吐いて椅子にもたれかかった。なかなかキツい会議だった。猛麻呂の精神は疲労困憊している。
美香は早速ベッドに戻り、出かける準備をしていた。相変わらず気の早いやつだ。
「たけあき、明日着ていく服はどれがいいかしら」
「俺の名前は“たけまろ”だ。何年の付き合いだと思ってんだよ、いいかげん覚えろよ。服? どれ着たって同じだろ」
「それは私はどんな服着ても似合うっていう意味でいいのよね」
「ああそうだよ。わがままお嬢様がどんな服着たってわがままお嬢様だ。はぁ、どっかに見た目だけじゃなくて人格も変わる服は売ってねえのかなぁ」
「あんたの減らず口を直す服なら持っているけどね!!」
美香はそう言うと、脱ぎ捨ててあったパジャマで猛麻呂の両手足を縛り、先ほどクローゼットから取り出したストッキングを口に猿ぐつわのように噛ませた。
美香はどうだと言わんばかりに猛麻呂の背中を足でグリグリと踏みつけた。猛麻呂はジタバタともがくがどうにもならない。
「ほうら、何も言えなくなったでしょ。朝までずっとそのままでいればいいわ」
だが、猛麻呂の様子がおかしい。
大きく息を吸ってー、吐いてー。
全身で空気を味わっている。猛麻呂は美香の香りが染み付いたパジャマに興奮していた。ストッキングの猿ぐつわが余計に猛麻呂を興奮させる。
横から見ている凪と波はニヤニヤしている。
ようやく美香は自分がしたことの重大性に気がついた。
貴夜美は、やれやれ、といった様子でほおづえをついている。
美香は顔を真っ赤にして叫んだ。
「このぉ……変態がぁぁぁぁ!!」
美香はイモムシのように体をよじらせる猛麻呂を掴み上げると、そのまま洗濯機に向かって放り投げた。
猛麻呂は洗濯機のドラムに頭から突っ込んだ。
「汚れた私の服を洗濯しなくちゃね☆」
「フガフガ……!フガフガ……!」
ウィーーーーーン
洗濯機は唸りを上げて回り始めた。猛麻呂はハンドミキサーのように回転した。
「明日は主音の家に行くんだ・・・。体力は温存しておけよ・・・」
貴夜美の言葉はもう猛麻呂には聞こえていなかった。
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ホテルの食堂で朝食のジャムトーストをかじりながら、男は針の止まった腕時計を見つめた。
最近どうも調子が悪い。
昨晩の会談にも遅刻しそうになった。早く直してもらいたいのだが、異国の土地に信用できる時計屋などいない。
男は非常に信頼関係を重んじる。『信頼・信用は金・力』。そう彼はいつも思っている。
「首相、今日の会談会場へは向かいの飛行場からチャーターのヘリで向かいますので、ご準備はお早めに」
長くて真っ白なあごひげを蓄えた秘書が耳打ちをした。
一旦、男は口元についた苺ジャムをナプキンで拭き取った。
「わかった。陸移動は砂が酷くて散々だったからな。そういえば、日本へ帰る飛行機の手配も十分だろうな?」
「もちろんですとも、首相。予定通り、3日後の朝に日本へ出発できます。おそらくその日の夜には羽田空港に着陸できるかと」
その言葉を聞いて東大盧舎那はホッとした。
イランの砂漠の砂に埋もれて死ぬなんてまっぴらだ。こんなに都市部にまで砂嵐が吹きつけるとは想像していなかった。目や喉が痛い。
正直、用事をさっさと済ませて日本に帰りたい。しかし、その用事が簡単に済ませられるようなものではないことも盧舎那は十分に承知している。
盧舎那は再び甘酸っぱいジャムトーストにかじりついた。




