我が愛しのパトラッシュ
草薙山諏佐男が訪ねてから、はや3日が過ぎた。
この3日でわかったのは情報班の情報収集能力が凄まじいということだ。政府の人間一人一人の1日の生活を分単位で記録している。
猛麻呂たち戦闘班の情報収集など、Googleで検索している程度なので、情報班から見ればおままごとのようなものだろう。
だが、情報班の班長は未だ失踪したままだ。情報班の班員もどこにいるのか把握していないし、そもそも班長がどのような人物なのかも知らないらしい。謎に包まれた組織である。
猛麻呂たちは明日、情報班班長 大國主音 の家を訪ねることに決めた。
本当はもっと早く行きたかったのだが、思いの外、政府の情報収集に手こずってしまった。貴夜美の顔がどこか浮かないのも、旧友の安否がわからないという不安からきているのだと思っている。
巷ではそろそろ夏休みが始まるらしい。
東京は5日連続の猛暑日を記録した。
だが、茹だるような暑さも地下にいれば関係ない。空調設備もバッチリだ。
猛麻呂と美香と貴夜美の3人は、地下室の片隅に作られたトレーニングスペースで心地よい汗を流していた。
「いつか・・・このトレーニングが役に立つ日が来るだろう・・・」
貴夜美はいつもそう言っている。
貴夜美は過去に壮絶な戦いを経験したことがあるらしい。
猛麻呂は貴夜美の過去についてはよく知らない。だがこの男の言葉はいつも重みがあるように感じる。
一通りメニューを終え、猛麻呂は大好物の“ガリガリ君”を食べているとき、情報班の手伝いに行っていた伊座霧凪[いざぎりなぎ]と伊座霧波[いざぎりなみ]が帰ってきた。
二人とも『ROOM 戦闘班』メンバーであり、双子の兄弟である。歳は23で、猛麻呂より6つ上だ。高校を卒業してすぐにこの組織に入ったらしい。
それぞれ「波ねえ」「凪にい」と呼んでいる。
「たっだいまあ~!波ねえが…帰ってきましたぁ~!!酒飲むわよぉぉぉぉ!」
「な・ぎ・に・い・が~〜……帰ってきたYO!俺のハートが燃えてるZE!」
波はいつものように酒の一升瓶を抱えながら、凪はよくわからない言葉を叫びながら、二人はなだれ込むように地下室に入った。
「よし・・・乙・・・。二人ともご苦労だった・・・話はあとにして・・・とりあえず3時のおやつにでもするか・・・」
貴夜美は全員を集めてテーブルにおかきを置いた。これも草薙山が置いていったものだ。
「二人は・・・酒とコーラでいいのか・・・?」
波と凪は寸分も狂わぬタイミングで頷くとおかきを次々と口に詰め込んだ。
「腹減ってたのか・・・」
「はいでぇぇす!」「Yes!」
2人は同時に返事をした。まるでプログラミングされているみたいだ。猛麻呂はその様子を見て、トレーニング器具を片付けている美香に話しかけた。
「なあ美香、あの2人のシンクロの精度めっちゃ高ぇな。俺たちもシンクロしてみないか♂」
「お前の言い方ムカつくからとりあえず死ね」
美香は“笑顔”でトレーニングスペースに置いてあった20kgのダンベルを片手でヒョイッと持ち上げると、猛麻呂に投げつけた。
「ちょ!ま!死ぬ死ぬ!この小説終わっちゃう!」
ダンベルは猛麻呂の股間を直撃した。
「ハウウゥゥゥゥンン☆♂❇︎♪♢☀︎」
猛麻呂はうめき声を発し股間を抑えたままその場にうずくまった。
「ムスコが……。俺のムスコが……」
猛麻呂は念仏のように無心で呟いていた。
美香は大工仕事を終えたかのように両手をパンパンとはたいて、ニヤリと笑った。
台所でナイフで羊羹を切り分けていた貴夜美は、やれやれ、といった表情で美香のもとへ歩み寄った。 ここは戦闘班のリーダーらしく美香の指導をビシッとやってくれるだろう、と猛麻呂は遠のきそうな意識の中でホッとした。
のもつかの間、貴夜美は美香に持っていたナイフを差し出した。
「どうぞ・・・」
「どうぞじゃねぇよ!!ナイフ渡してどうすんだよ!!」
「ありがと!貴夜美さん!」
「なんで美香はそんなに笑顔なんだ!!っていうかおまえ力強すぎんだろ!!ダンベル投げつけるなんて17の女がやることじゃねぇ!」
その様子を見かねた波が美香のもとへ歩み寄った。猛麻呂はここは先輩が美香をおさめてくれるだろうと期待した。
「美香ちゃぁぁぁぁん! 襲われる前に切り落としておかないと危ないわよ〜〜。ほら見て〜〜。あそこがあんなにパンパンに膨らんでるわよぉぉぉぉ!美香ちゃんのちっぱいボディを見て、本能☆覚醒してるわよぉぉぉぉ!!」
「違ああああう!!ダンベルぶつけられて腫れあがってるだけだぁぁぁぁ!!!!俺のムスコが本来の役目を果たさないまま生涯を終えることに怯えてるだけだぁぁぁぁ!!」
「俺にもわかるZE!その悲しみGA!!」
この騒ぎを見ていた凪も自分の股間を抑えて叫んだ。
猛麻呂は股間を抑えながらその場にうずくまった。そして涙を流しながら自分の股間に語りかけた。
「死ぬときは一緒って決めたよな……。ああ、天使が迎えに来たよ……パトラッシュ」
「いつからあんたの股間がパトラッシュって名前になったのよ!なんか感動的に話になっちゃったじゃない!もう付き合いきれないわ。さっさとおやつにしましょ」
美香はちゃっかりテーブルに座りおかきと羊羹を食べ始めた。
貴夜美も波も凪もいつの間にかテーブルに座りくつろいでいる。
猛麻呂はヨロヨロとどうにか立ち上がり倒れこむように椅子に座った。
「ほら、たけはるの好きな“ガリガリ君”よ。私もやり過ぎだったわ。もうちょっと軽いモノにしておけばよかった」
美香が猛麻呂に“ガリガリ君”を手渡した。
猛麻呂はちょっと目を合わせてすぐそらしたが、手は自然とそれを掴んでいた。
「ふん、ありがとうよ。だが今はそんなに食う気がしない。後で食う。それと俺の名前は猛麻呂だ」
猛麻呂はそう言って美香に背を向けた。
そしてバレないようにこっそり、“ガリガリ君”で腫れた股間を冷やした。猛麻呂は“ガリガリ君”の新しい使い方を開発した。
しばらくして皆おやつを食べ終わり、“相棒”の再放送を見たり、本を読んだりして皆くつろいでいるときだった。
なにやら怪しげにスマホをいじる貴夜美がボソッと呟いた。
「俺の股間は・・・スプラッシュ」
場の空気が一瞬にしてアイスのように凍りついた。




