エピローグ さあ、帰ろう
警察所は相変わらずドタドタと騒がしい。
だが今日はいつもより、さらに騒がしかった。
「近衛ー。
忘れ物ないよなー」
高岡がきょろきょろと辺りを見渡す。
「もしあっても、また取りにきますよ」
清雅は身支度を終え、少ない荷物が入った風呂敷を持ち上げた。
腰には新調した大小の刀が差し込まれている。
「清雅くんがいなくなったら、誰とあの話をすればいいんだろ」
「なんですか?
あの話って」
一ノ瀬の言葉に高岡が不思議そうに眉を潜めた。
「おい。
全員で見送るぞ」
相良は早々に門へと向かう。
警察所はすっかり元の形を取り戻し、荒れ果てた庭にも、なんとか生き残った桜の木が花を咲かせ、皆の目を楽しませていた。
―― 春になり、近衛家から清雅に家に戻るよう連絡が入った。
元輝が行方不明となり、清雅が近衛家の正式な跡取りとなったためだ。
元輝があやかし連合の頭であったことは、相良、一ノ瀬、黒崎、高岡により秘密にされていた。
「本当は、このまま警察でずっと働きたかった」
清雅の言葉に
「この一年、よく働いたと父上には書簡を送っておいた」
と佐倉が笑った。
「俺、必ず江戸に戻ってきます」
「待ってるぜ」
高岡が笑う。
「その時は、みんなで団子屋へ行こう」
一ノ瀬が清雅の手をとった。
「式で私に知らせればいい」
黒崎は腕を組んだまま清雅を見下ろす。
「はい!」
清雅は眩しそうに仲間たちを見た。
門に一人で立つ相良は、少し寂しげに見えた。
「また、遊びに来い」
口元は笑うが目を細めて清雅を見ている。
「相良さんも、お体に気をつけて」
警察のこと、外交のこと。
相良はますます多忙を極めていた。
江戸城への登城も増え、相良に対する圧力や嫌がらせも増えている。
「相良さん……俺」
清雅はそんな相良の力になりたいと考えていた。
「江戸城で仕事ができるよう、相良さんの役に立つように頑張ります」
相良は目を見開いた。
わずかに顔を上げる。
「俺、ずっと考えていました。
京都で近衛家の跡取りとして信頼を築き、江戸城に入ることができれば……」
清雅の父は、公家武士として朝廷と幕府の申継役を行っている。
つまり、京都にも江戸にも顔がきくのだ。
清雅の目には、自分のやるべき職務、未来、責任の光が宿っていた。
「相良隊長の達成しようとされている職務を、俺も手助けすることができる」
相良は目を細めた。
口元を手でおおう。
それは、思わず出た笑みを隠すためか、はたまた……。
「相良隊長……
泣いてます?」
相良は清雅の頭を殴った。
「あぁ!」
そこで目線を外し前を向く。
「楽しみにしているぜ。清雅ぁー」
少し俯き、嬉しそうに笑った。
「清雅様!」
橋の上で清雅の荷物を持って待っていたのは、清雅の世話役の玄之介げんのすけだった。
「警察の方々との別れはお済みになったのですか?」
玄之介は清雅に優しく笑いかける。
清雅はゆっくり頷いて見せた。
江戸に来ていろいろあった。
一年前、玄之介と藤乃と共に、京都からここへ来た時には不安しかなかった。
今は、またこの地に戻ってくることを楽しみにしている。
「あれ?
玄之介がその、手に持っているものは刀?」
清雅は玄之介が右手に持っている、柄袋に入った長いものを指差す。
玄之介の刀は腰にさしてある。
ということは、別の刀を新調したのだろうか……?
「あぁ、これですか。
不思議なこともありまして……」
柄袋におさまったそれを、玄之介は清雅に手渡す。
「知らぬ間に、清雅様がいつもお使いになっていたお部屋の刀掛けに置いてありまして……。
確か清雅様はその刀を……」
清雅は柄袋から刀を取り出した。
「……」
「清雅様は、その刀は無くしたと、おっしゃっていたような……」
玄之介の言葉はもう、清雅の耳には届いていなかった。
その刀は……
「九曜!!!」
『そういうことじゃ』
九曜の声が数ヶ月ぶりに清雅の頭に響く。
「なんで!」
思わず声を出す。
『なんじゃそのぉ。
どうやら、ワシと主の縁は、切ってもきれぬようになっているようじゃ』
―― 妖と妖を守る刀は一心同体。
『主が、ワシを手元に呼び寄せたのじゃ』
清雅の目が驚きに見開く。
(まるで、呪いの刀じゃなあ!!)
『呪っとらんわ!』
清雅は九曜を抱きしめた。
「き……清雅様……
道端で奇妙な行動はお慎みください……」
刀を抱きしめる清雅を見て、玄之介はおどおどと周りを見渡した。
「すまぬ!玄之介」
笑いながら玄之介の肩を叩く。
「よし、帰ろう。
父上の元へ」
「はい。清雅様」
そしてまた帰ってこようぞ。
この、江戸へ。
清雅の足は、己の未来に向けて大きく一歩踏み出されたのだ。
明治維新がこなかった....(下) 完




