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明治維新がこなかった....(下)  作者: yuyuko50
第五章 あやかし連合による警察所襲撃
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第89話 近衛、帰るぞ

清雅は一ノ瀬をゆっくり地面におろし、真剣な顔で向き合った。




「一ノ瀬さん、痛いところはありませんか?」




「うん。


 …… 大丈夫」




「胸は?」




「大丈夫」




「腕は?」




「……大丈夫……だけど……」




一ノ瀬は清雅を見据えながら、泥まみれの地面の上で正座した。


清雅もつられて正座になる。




皆はただじっと、泥に塗れて正座で向き合う二人を見ていた。




「清雅くん」


「はい」




「どこにいたの?」


「……」




逆に聞き返され、清雅は口籠る。




「僕たちの声、聞こえていたんだよね?」


「……」




「なんですぐに来なかったの?」




下を向いた清雅を一ノ瀬の大きな瞳がじっと見据える。


ふと、一ノ瀬の目が清雅の腰辺りで止まった。




(脇差がない)




一ノ瀬は唇を噛んだ。




「もしかして……」


「え?」




「死のうとしていた?」




「なに?」


相良の眉があがる。




「そうなんでしょ?」


一ノ瀬は清雅の冷え切った手首を掴んだ。


目の周りが腫れている。


一ノ瀬は確かめるように清雅の顔をしげしげと見つめた。




「俺は……」




ややあって清雅は一ノ瀬と、皆の顔を見渡す。




「俺はもう、警察に戻ることはできません」


その目には決意のようなものが見てとれた。




「兄は死にました


 九曜も……」




「そう……」


一ノ瀬は目を伏せた。




事情を知らない隊士たちが、顔を見合わせている。




「なのに、俺だけ、みなさんのもとに戻るなんて、そんな都合の良いこと……」




全て言い終わる前に相良が前に進み出る。




そのまま清雅の襟首をつかむと、突然後ろに投げ飛ばした。





「!!?」





清雅はさらに泥まみれになり、仰向けに口を開けたままで、自分の前に立ちはだかる相良を見上げた。


相良は怒りのためか、目をぎらつかせ、強く拳を握っている。


その姿はまるで鬼神のように見えた。





「おまえはっ!!」





唾を飛ばして叫ぶ。





「命を粗末にするな!!!!」





相良の声が響き渡り、そして静まり返った。


後ろで高岡と藤堂が互いに顔を見合わせていた。


岩崎は強い眼差しで相良の後ろ姿を見ている。





「命というやつはな!!!」





相良は清雅の前で仁王立ちになった。


その迫力に、清雅はただただ目を見開き見上げることしかできない。





「職務と!


 家督!


 そして!!」





もう一度、清雅の襟首を掴み上げ、目線を合わせる。


相良の激しい眼差し、強い黒い目が清雅を睨みつけ、清雅は思わず息をのんだ。





「己のために使いきれ!!」





頭の中にあった白いもやが一気に晴れていく。


清雅は思わず拳を握った。




(責任を取るために……。


 それは、"逃げ"だったのだろうか……)





相良はふいに手を離す。


清雅はドスンと泥の上に尻餅をついた。





「帰るぞ」





さっきまでの烈火のごとき怒りを急速に抑え、相良は背中を向ける。




「冷えてきた。


 完全に暗くなる前に、この山を降りる。


 岩崎!


 前を照らせ!」




「はい!」




相良と岩崎は早々に、もと来た道をくだり始める。




清雅はうつむいたまま、何も言えなかった。




(帰る……俺も?)




「近衛ー!」




高岡の明るい声が聞こえる。




「お前、風呂!


 絶対入れよな。


 泥まみれで臭いぞー。


 警察所、風呂だけは無事だから」




そこで一斉に笑いが起こった。




「清雅くん」


一ノ瀬が正座のまま呼びかける。




「立てない」




「は?」




黒崎が、うんざりしたように、手のひらを額に添えてため息をついた。




「一ノ瀬さん!


 やっぱり、さっき、こけた時にどこか打ったんですね?」




「違う……


 もう、限界……」




ぐらりと倒れかかる一ノ瀬を、清雅は立ち上がり急いで支えた。




「ちょっと!


 え?


 どうするんですか!!?」




「近衛」


黒崎が冷静に声をかけてきた。




「お前が拾ったんだ。


 お前が責任をもって、持って帰れ」




「?


 何を??」




「一ノ瀬をだ」




「……」




清雅と一ノ瀬の目が合う。




「背負って帰れる?」


一ノ瀬が聞く。




「はあああああ???」




黒崎はさっさと背中を向けて山を降り始めた。




「黒崎さん!!


 待ってください!


 俺……」


「知らん!」




「肋折れた人って、背負っていいんですか?」


「知らん!」




「近衛!」


藤堂がすっと清雅の横に近づいてきた。


声を少し落として、皆に聞こえないように話しかけてくる。




「すまなかったな」


「だから、何が!??」




「本、返してね」


目を瞑ったまま一ノ瀬がつぶやいた。


「借りてません!」





清雅は大きなため息をつく。




(やっぱり、全員変人だ)




諦めたように、一ノ瀬の前でしゃがみ、背中を見せる。




「ありがとう!」


一ノ瀬は手慣れた様子で清雅の背中に体重を預けてくる。




「落ちないでくださいね」


「わかってる」




「痛かったらすぐに言ってくださいね」


「わかってる」




「もう……」


「?」




「むちゃくちゃなことは、しないでくださいね」


「……」




一ノ瀬の口から少し笑いが漏れた。




「丸山くんみたいだ」




清雅は皆の背中を急いで追った。


背中でゆれる一ノ瀬の体温が、清雅の冷え切った心を温めてくれる。




(これが正しいのかは、まだわからない)




兄の顔が、ふと浮かんだ。


兄の言葉も浮かぶ。


清雅は、それを打ち消すように一ノ瀬を背負い直した。




「清雅くん、痛い」


「え!? どこですか!?」


「腕。ちょっと揺れた」


「え?どうすればいいんですか!?


 もー!!!」




前を歩く隊士たちから笑い声があがった。




「近衛! 置いていくぞ!」


「はい!」




暗い山道を、警察隊の明るい笑い声と、提灯の光が優しく照らしていた。

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