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明治維新がこなかった....(下)  作者: yuyuko50
第五章 あやかし連合による警察所襲撃
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第86話 良いものを見せてあげよう

清雅、元輝、藤乃は、あやかし連合の根城を後にし北西へと進んでいた。




(江戸の町からは遠く離れてしまった)




深く茂る木々が空を隠す。


陽の光を遮る深い木立が続く。




元輝は休む暇もなくぐんぐんと山道を登っていく。




足場は悪く、人がほとんど通らないため、道と呼べる代物ではなかった。





「清雅、私はね。


 決して怒ってはいないのだよ」




ふいに、元輝が前をむいたまま明るい声で話しかけてきた。




一陣の風が吹く。





(そういえば、兄と西洋派鉄砲集団と戦ったことがあった)




あの時、兄に向かって撃たれた弾が、神風によって軌道を変えた。




清雅はすっかり、兄が死んだと思い取り乱したものだ。





(俺に気づかないように、式を使ったのかもしれない)





足を早めていた元輝は突如、そのあゆみを止め、後ろから来る藤乃と清雅を振り返った。




「ここで終わりにしようと思う」




清雅の心臓がドクンとなる。




(終わり?とは)




「清雅」




兄の声は優しかった。


多分、まだ幼い清雅に笑いかけてくれた頃と変わらない呼びかけなのだろう。




「お前は、私の宝だ」




清雅は兄の前まで歩いていく。


そこで目に映った恐ろしい景色に思わす足がすくんだ。


兄の後ろ、ほんの少し下がったところに、暗い底の見えぬ崖が見えた。





「兄上……」





背筋が凍る。


口の中がからからに乾いた。




「今から良いものを見せてあげよう」




藤乃は元輝の右側におさまった。


元輝は満足そうに藤乃を見ながら言葉を続ける。




「母上の呪縛から自由になる瞬間だ!」


元輝は嬉しそうに空を見上げた。




「兄上……それは……」




(それは違います……)




清雅は口元まで出かかった言葉を飲み込んだ。


否定してしまって良いのだろうか……。


兄がずっと信じていたことを……。




いや、今言わねば、いつ言うのだ?





「それは……


 呪ではありません」





元輝の目が細くなる。





「母さまの、"望み"です」




元輝は無表情だった。




(望みは……)




(望みは時には、人を縛る)




(特に、母の望みを、子は使命だと感じることがある)





だが、それを告げることは、元輝の全てを否定するに等しかった。





「そうか」





元輝は素直にうなずいた。




「では、その望みを叶えようぞ清雅!


 おいで!」




元輝は空いている方の右手を清雅に差し伸べた。




「共に参ろう!」




「……」




え?




清雅の目が見開く。




自分に来いと言っている。




共に死のうと?





兄の足元を支える心許ない切り立った岩々が、カラカラと音をたてて崖の底へと落ちていく。




「共に来るのだ!」




(それが母さまの望み?)




清雅は一瞬、錯乱した。




(兄と共にいること)





清雅は一歩前に出た。




(終わらせてしまって良いのかもしれない)




(俺のせいでもある)




清雅は目を瞑り、兄の方へ歩いて行こうとした。




その時 ――




『その役目、ワシで勘弁してやってくれ』




赤く光った九曜が、清雅の腰から一人でに浮かび上がる。




九曜は、元輝が伸ばす右手におさまった。





『すまぬな清雅。


 主を最後まで守ることができなかった。




 だが、主にはすでに、多くの仲間がおる』




「九曜!」




清雅の足が震えた。




「兄上」




目の端に涙が浮かぶ。




「藤乃 ――」




この者も哀れな人だ。


近衛家にかかわったばかりに。





「仕方がないな。


 では、我々だけで参ろうか」




元輝は清雅を優しく、愛おしく見つめた。





「だがな清雅」





清雅は、兄の優しげな瞳を見つめた。





「警察が、お前を許すと思ったら大間違いだぞ」





その言葉だけを残し、


元輝はそのまま後ろに倒れ込んだ。





「――」





静かに。




音もない。





清雅の目には、元輝の最後の言葉と優しい眼差しだけが残された。

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