第82話 本当の味方
「橋の下の死体、むごたらしかったらしいよ」
風に落ち葉が混じる頃、人々の口に、おぞましい言葉がのぼるようになった。
近衛家の領地。
元輝の家は、子供の足でも北へ少し進むと、田畑や寺院が広がる、緑豊かな場所にあった。
元輝と清雅は、毎日のように村の子供達と遊び、泥だらけになって家に帰る。
静はそんな子供達をお風呂にいれ、共に食事をし、寝かしつけ、兄弟同じだけの愛情を注いでいた。
「あまり、お外に出られない方が良いのではないでしょうか」
清雅の子守役で住み込み奉公をしていた藤乃は、唇を震わせながら静に耳打ちする。
「よくない噂がひろがっております」
静は藤乃の小さな手を優しく握ってやった。
「あなたが怯えることではありません」
「しかし」
藤乃はためらった、
「奥様が……」
静がわずかに目を細める。
「お……奥様が……」
藤乃はその目を見上げ手を握り返した。
「奥様が、人を殺して食べていると……」
カラン ――
下駄の音。
藤乃には聞こえない。
しかし、廊下で二人の話を隠れて聞いていた元輝には確かに、その音が聞こえていた。
元輝の場所からは、母の表情は見えない。
「あぁ ――」
静は目を伏せた。
長いまつ毛が濡れているように藤乃には見えた。
「そう」
それだけ言うと、静はすっと立ち上がり、庭の奥に目をやった。
「そういう者も、いるのでしょうね」
その時、庭を見る静と、元輝の視線が合った。
元輝は思わず、その場から走って逃げ出した。
元輝はその晩、母が待つ寝所には行かなかった。
父はなかなか戻ってこなかった。
そのような事は決して珍しくはない。
しかし、この時ばかりは元輝の中に不安がうずまいていた。
そんなある日、例の如く、また清雅の姿が見えない。
「清雅ー!清雅はどこだ?」
気づくと、奉公人も数人見かけない。
それに
―― 母上もいない ?
元輝がぼんやり庭を見つめていると、庭の端の土の下がもこもこと、まるで水が迫り出してくるように浮き上がりはじめた。
その土の中から、緑色の顔をした、痩せた子供が顔を覗かせる。
心臓が飛び出すかと思った。
ゆっくり唾を飲み込む。
(化け物 ――)
心の中の声を、口元で必死に押さえ込んだ。
足が自然と後ろに下がる。
気づかれぬように障子の裏に隠れよと、己の理性が呼びかけた。
ただ――
もう、その化け物はこちらをヒタと見据えて、土から這い出ようとしている。
『おまえ』
頭の中に直接声が聞こえた。
『おまえの弟――』
元輝の後ろに下がる足が止まった。
『村の奴らが連れ去った』
「 ―― 」
え?
元輝はじっと、その緑の生き物を見ていた。
『お前のところの人間が、村に連れて行った』
『殺す気らしい』
化け物と思っていたそれは――
人よりも――
元輝たちの味方であった。




