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明治維新がこなかった....(下)  作者: yuyuko50
第五章 あやかし連合による警察所襲撃
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第81話 あたらしい世界の入り口

「清雅ー!


 どこだー?」




清雅がおらぬ。




どたどたと、家の廊下を走る元輝はまだ十を数えるほどの歳。




年齢にそぐわぬ、しっかりとした面持ちには、跡取りとして育てられた責任感が見てとれた。





昨日は、木に登ろうとして膝を擦りむいたのを元輝が必死に慰めた。


その前は庭の池に落ちて泥だらけになっていた。




少しでも目を離すと何をするかわからない。




―― でも




可愛くて仕方のない弟だ。






元輝の母は、元輝が三つの時に家を出たまま行方知れずになった。




母の顔など覚えてもいない。




そんな時、白い肌の美しい人が突然、元輝の母になった。




優しくて、いつも笑顔で。




よく元輝を膝の上にのせて歌をうたってくれた。




名を、静(しずか)という。





元輝は静が大好きだった。





元輝が七つの時に清雅が産まれた。




「お前が弟と母を守るのだ」




父はまだ幼い元輝の頭を撫で、剣の稽古をつけた。







「母上、清雅を見ませんでしたか?」




庭が見える日差しがまぶしい部屋に座り、静は花をいけていた。




桃色の梅の花が、天に届くように伸ばす枝の上に、ぽつぽつと花開く。




母の柔らかな白い肌と、繊細な細い枝が元輝には眩しく見えた。





「清雅ならお庭で鞠をついています」





笑い声がする。





清雅のものではない。





誰かと遊んでいるのだろうか。





―― ポロン





母はかすかに目を細め、庭の奥を優しく見やる。





しかし、元輝には何も見えなかった。







寂しくないと言えば嘘になる。




自分の母は自分を置いて出て行ってしまったのだから。




しかし不思議なことに、元輝の心が冷えそうになったその時に、


母は決まってこういうのだ。




「こちらにおいで」




両手をひろげて、もう十にもなった元輝を膝の上にのせてくれる。




静の膝の上はあたたかかった。






「見つけたぞ!」




木の影で、一人で隠れん坊をしている弟を、元輝は後ろからそっと抱き上げる。




「いや!


 だめ!」




見つかったのがくやしかったのか、清雅は元輝の手の中で大暴れした。




ふと庭から静の姿をとらえる。




静は口元に手をあてて、にこにこと微笑んでいた。




その笑顔。




心が優しくなれる。




このおだやかな日が、元輝には何ものにも代え難く、一生守り抜きたいと思えるものであった。






父の留守が続いた日。




元輝は静に部屋へと呼び出された。




部屋では清雅が昼寝をしている。




その日は、お昼だというのに、なぜか部屋はいつもよりうす暗く感じた。




「とても大切な話があるのです」




静は声を落として元輝に近づいた。




「これを」




母の横には、布がかけられた、何か長い細いものが置いてある。




元輝は、その細いものから、ただならぬ何かを感じとり、手に汗をにぎった。




「母上。


 私は―― 」




(恐ろしい)




なぜかそこにだけ、赤黒い蠢くものが見える気がする。




母の顔を見上げると ――





母は眩しく笑っていた。





その、あまりにも対照的な姿は、元輝の目に強烈に焼きついた。




(固くて怖い)




でも




(母は柔らかい)





「あなたにこれを持っていてほしいのです」




母はその長いものの布をすっと外してみせた。




そこには黒い鞘におさめられた日本刀が置かれてあった。




―― 父のものではない。




―― 初めて見るものだ。




「いずれ、清雅が十五になった頃、これをあなたから清雅に渡してやってほしいのです」




「私……から」




心がざわめいた。




(なぜ、父からではないのだろう……)




父に告げてはならない気がした。




―― 私は母に信頼されている?




その気持ちが元輝を強くした。




「さわっても、よろしいですか?」




「えぇ」




なぜか母は嬉しそうだった。





元輝が手を伸ばす。




刀は冷たく、手のひらにしっとりと張り付いた。





「この世にはね」




「はい」




「目には見えぬ世界があるのですよ」




まるで歌でも歌うかのように母の口から言葉が滑り出る。




「それを人は怖いと思う」




―― (私もです母上)




「しかし、知ろうと努力をしてごらんなさい」





元輝は顔をあげた。




「さすれば、それは、あなたの味方になり、あなたを支えてくれますから」




―― (知ることで、私の味方となる)




元輝は目を見開いた。






母と、清雅には不思議なところがあった。




元輝には見えない何かと話しているような―― よく、そう感じることがあった。




―― (私にもそれが見えるのだろうか)




元輝の手の中の刀が、急に体温を帯びたようにあたたかくなる。






『主には』




声がしたような気がした。




『主には、才能がある』




頭の中に言葉が並んだ。




元輝は母を見た。




母は目を細め、口元をほころばせた。




「えぇ。


 あなたには、きっと、ありますよ」

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