第80話 元輝の愛着
『清雅』
頭に声が響く。
『しっかりせい!』
手足がしびれ、体が動かない。
息が苦しい……
息を吸う。
浅い。
もう一度吸おうとすると、胸の奥が痛んだ。
頭も痛い。
全身が……
いや、体の中がぐちゃぐちゃになった気分だ。
チョコレートが食べたい。
「清雅!!」
急に体が上に持ち上がった。
誰かが頭を抱え、抱きしめている。
「死ぬな!」
(え?)
『死ぬな!』
(え!?)
(俺、死ぬの??)
視界が戻る。
最初に見えたのは、兄の顔だった。
いつもの、何を考えているのかわからない笑顔ではない。
目を見開き、顔を歪めて、泣いている。
同時に、全身に激痛が走った。
「うっ」
たまらず口から声が漏れる。
元輝が布団の上から清雅の体を抱き上げていた。
頭だけを抱え、必死にすがりつく。
「清雅!」
痛い。
抱きしめないでほしい。
本当に痛い。
(そうか、九曜に力を注ぎすぎたせいで、いつの間にか意識が途切れていた)
清雅はぼんやりと兄を見た。
「すまんかったな。
まさか、お前が……」
元輝は清雅の頭を撫でながら涙声になる。
「あの、何もやる気のないお前が……」
(なに?)
「あんな風に、九曜を動かすなど
思いもせなんだ」
少し複雑だが。
まあ、そう思われても仕方ない。
家では何もしなかったから……。
「……兄上……」
言葉が出た。
弱々しい自分の声に、清雅は息をのむ。
「死ぬな」
(聞いてねぇ)
「元輝様、これを」
藤乃が元輝に何かを手渡した。
シュッと音がして、元輝が扇を広げる。
それを仰ぎながら何事かを呟くと、ふっと体が軽くなった。
体の奥から妖が出て行ったのだろう。
しかし、全く手足に力が入らなかった。
妖の毒が残っているのか……。
「藤乃」
元輝は優しく清雅を布団へ寝かしつけた。
「しばらく清雅を見ててやってくれ」
元輝が立ち上がる。
「何かあったら、すぐに私を呼びなさい」
「承知しました」
部屋が静かになった。
目だけで周りを見渡す。
広い部屋の真ん中に寝かされているようだ。
九曜はすぐ横に置かれている。
あれから九曜の声はしなくなった。
部屋の天井の角に蜘蛛の巣がはってあり、そこから糸を垂らした主がするすると下に降りていく。
清雅はぼーっとそれを見ていた。
(九曜?)
頭の中で問いかける。
(無事か?)
九曜は答えない。
(おーい)
九曜は清雅の無理な願いを聞き入れ警察まで行ってくれた。
(お前に何かあったら俺は……)
その先を考えたくなかった。
「元輝様は……」
すぐ横で藤乃の声がする。
「清雅様のことを、本当に大切に思っておられるのです」
―― (知っている)
ずっと前から知っている。
だから困っているのだ。
清雅は唇をかみ、藤乃のいる方とは反対側に目線を向けた。
藤乃の顔など見たくもなかった。
「あの時もそうでした」
それに構わず、藤乃は続ける。
「清雅様が、村人に連れて行かれて―― 」
「……」
「お命を奪われそうになったときも……」
「……」
ふと、外していた視線を藤乃に戻す。
藤乃は泣いていた。
清雅は黙って藤乃の流れ落ちる涙を見ていた。
「元輝様は……」
藤乃は清雅の目を優しく見つめる。
「あの時、初めて人をお斬りになられました」
―― ポロン
どこからか琵琶の音がなる。
「まだ十を数えるほどのお年でした」
十。
兄が。
清雅の脳裏に、幼い兄の姿が浮かんだ。
―― そこから全てが始まったのだ。
清雅はめまいがした。
元輝は、村人を斬ったと同時に、自ら暗い世界へと足を踏み出したのだ。




