第72話 ここまでか
榊たち第四隊の鉄砲部隊の援護と、黒崎の式による援護を受け、隊士たちは溢れかえった妖を確実に葬っていく。
エリオットの必死の攻防も功を奏し、警察を取り囲む妖の数は確実に減り始めた。
(元輝さんの姿がない)
一ノ瀬は、妖を斬り進みながら元輝を探す。
(今のうちに倒しておかないと)
一ノ瀬は肺の辺りをおさえた。
もうすでに、息が苦しくなってきている。
(動けるうちに、やっかいな相手は片付けておきたい。
ここで死人を出すわけにはいかないから)
同じように病に侵されながらも戦う仲間がいる。
彼らの戦いの判断は、通常よりも鈍っている。
少しの攻撃が致命傷になりかねない。
一ノ瀬は、手強そうな妖から重点的に片付けていった。
ふと、足元がよろける。
それを、藤堂が支えた。
「一ノ瀬隊長、
そろそろ、あなたは引き時です」
「あれ、藤堂さん。
いたんだ?」
「はあ。ちょっと……。
蛇の化け物に飛ばされて、気を失ってました……」
申し訳なさげに片目を閉じる。
「ここはもう片付くでしょう。
皆、よく戦いました」
「そうだね。
じゃあ、いったん奥に下がる……」
言いかけた時、嫌な気配が庭中を覆った。
先ほどまで何もなかったはずの庭の中心に、土が盛り上がっている。
「なんだあれ?」
隊士たちが土の周りに集まる。
―― ボコ
ボコボコ ――
土から手のようなものが浮かび上がった。
「離れろ!!!!」
藤堂が叫んだが時すでに遅し。
砂でできた手が左右に伸び、周りにいた隊士たちを掴むと、壁に向かい投げつける。
投げつけられた隊士たちは、木や障子に背中を打ち付け、そのまま意識を失った。
「あれは……」
この嫌な感じは間違いない……。
なん度もなん度も警察の邪魔をする。
一ノ瀬はすぐさま走った。
「一ノ瀬隊長!!!」
藤堂も後を追う。
土は人の形をとり始め、頭にはまるで子供のような顔がついていた。
人の三倍ほどはあろうか。
それは、土人形へと変貌を遂げていた。
「遮那だ」
高岡が呆然とつぶやく。
「あったりー!
これが、本当の姿だよ!」
見た目の不気味さとは真逆の跳ねる声が聞こえてくる。
「なるほど」
走り寄った一ノ瀬が、砂の化け物と化した遮那を見上げた。
「それで、倒しても倒しても手応えがなかったのか」
遮那は憎々しげに一ノ瀬を見下ろした。
「あんたとはもう、かかわらない」
そう言うと、大きな足音をたてて警察所へと向かう。
歩くたびに砂が舞い上がった。
「行かせるな!」
藤堂の叫び声に、隊士たちが立ちはだかり、刀を振りかざす。
しかし、砂を斬ることができない。
「弱い奴はどこ?
まずは、ふせっている奴から始末してやる」
ついに、畳の奥へと足をつっこんだ。
ざらざらと、砂が畳に落ちて跳ね返る。
巫女たちが悲鳴をあげて飛び出してきた。
「やめろ!!」
一ノ瀬が走り、遮那の足を斬る。
しかし、ざらざらと音を立てて崩れるものの、斬り倒すことができない。
遮那は奥の襖を蹴破った。
そこには、すでに立つことも叶わぬ隊士たちが床にふせっていた。
皆、起きあがろうとするが、身動きがとれない。
「みじめだな」
冷たく見おろす。
踏み込もうとした遮那の足を、畳の下から現れた人の手が遮った。
美しい人間の手に体をつかまれ遮那は身動きを封じられる。
「これ以上、我らの警察を汚すな」
黒崎の式だ。
「はなせよ」
遮那は、手を振り解こうと両拳をめちゃくちゃに振り回した。
―― ドォオオン!
畳と床を突き破り、拳がめり込む。
遮那が大暴れしたため、障子や柱があちこちに吹き飛んだ。
「首を斬れば倒せるかも。
いつも首を斬ると、動きが止まっていたから」
一ノ瀬が黒崎の横に立った。
「黒崎さん、援護して」
黒崎は一ノ瀬の顔を見る。
「……」
嫌な予感がした。
「やめておけ」
「なぜ?」
一ノ瀬は不服そうに黒崎を見る。
「体の自由を奪った隙に、首を斬り落とす。
何がだめ?」
遮那の目が、奥の隊士たちに向けられる。
寝たまま動けぬ者たちに、拳を振り上げようとしていた。
「迷ってる暇はないから」
言うと、一ノ瀬は隊士たちと遮那の前に躍り出た。
「紫苑、もういい加減にしてくれないかな?」
遮那は立ちはだかる一ノ瀬を睨むと、さらに大きく拳を振り上げる。
黒崎は素早く呪を唱えた。
黒崎の式が、遮那の体、首、腕、足全てに絡みついた。
「今だ!!」
黒崎の叫びと同時に一ノ瀬が走る……
はずだった……
が……
膝をついた。
胸をおさえる。
息が吸えない。
前のめりになる。
ゴホゴホ ――
顔だけを遮那に向けた。
「みじめだね」
遮那が笑ったのが見えた。
「一ノ瀬!!!」
遮那を抑えていた黒崎の式が、引きちぎられる。
「しまった!」
黒崎も膝をついた。
限界だ ――。
振り上げられた遮那の拳が一ノ瀬を捉え、一ノ瀬は奥まで吹き飛ばされた。
警察の奥の柱に背中を打ち付け、そのままズルズルと滑り落ちる。
一ノ瀬は床に座り込んだまま、動かなくなった。
右手から鳳切が滑り落ちた。
『一ノ瀬隊長!!!』
高岡と藤堂が同時に叫び、走り寄ろうとする。
その前に、妖の群れが押し寄せた。
「一ノ瀬!!!」
黒崎がふたたび印を結ぼうとするが
―― ゲホゲホッ
咳き込むと同時に前のめりに倒れ込む。
「おのれ!!」
膝をつき、顔だけを前に向けた。
遮那が一ノ瀬の前で足を振り上げる。
踏み潰すつもりだ。
「おのれぇ!!!」
周りを見るが、動ける隊士はほとんど残っていない。
「一ノ瀬!!!
刀をとれ!!!」
咳き込みながら叫ぶ。
しかし一ノ瀬は動かない。
いや、動けないのだ。
(このような)
黒崎の視界も霞む。
(病の種をまき、弱ったところを叩くなど)
悔しさのためか、苦しさのためか、胸が締め付けられた。
「恥知らずめが!!!!」
声にならぬ絶叫。
両の拳を激しく床に打ち付けた。
一ノ瀬は霞む目で、遮那の振り上げられた足を見ていた。
(ダメだ。
指さえも動かない)
横に落ちている刀を見る。
伸ばせば届く。
しかし
動かせない。
周りを見た。
高岡と藤堂が妖に囲まれている。
伏せっている隊士たちが見える。
吹き飛ばされ、床に横たわる者。
黒崎が両手を床につき、何かを叫んでいる。
(動け!)
鳳切に手を伸ばす。
(頼む!動け!!)
指先に力をいれる。
遮那の足が一ノ瀬の真上に上がるのが目に入る。
自分がやられれば皆、殺される。
(相良さん ――)
まだ、戻ってきていない。
足が振り下ろされた。
(守りきれなかった……)
一ノ瀬は振り下ろされる足から目を離さなかった。
―― 瞬間、声が聞こえた気がした。
誰?
目の前の砂の化け物が ――遮那が、真っ二つに斬られ、その向こうから太陽のような真っ白な光が差し込む。
『一ノ瀬さん!!』
―― え?
ずっと待っていた声。
『助けに来ました!』
―― 急に視界が開けた。
視力が戻ったように、周りがはっきり見える。
真っ二つに割れた遮那。
その間から、大ぶりの太刀が見えた。
人の三倍ほどの大きさ。
髭面の戦国武者の顔。
―― 「九曜」
口から言葉が漏れる。
ズザザザザザ!!!
砂が弾け飛び、あたりに粉々に散らばった。
その一振りで、遮那の全てが吹き飛んだ。
圧倒的な力。
刀を振るった風圧が、後から部屋の中を駆け巡る。
砂嵐が一ノ瀬の顔を叩いた。
―― 「清雅くん」
一ノ瀬は九曜を見上げた。
「やっぱり……」
九曜は何も答えず、柱にもたれ、上を見上げる一ノ瀬の前に立った。
「やっぱり
来てくれたんだね……」
一ノ瀬は九曜に笑いかけた。




