第70話 化け物
「鬼頭隊長が……」
榊は銃を構えたまま、呆然とつぶやいた。
「なぜ、発砲を許可されなかったのですか?」
その場を仕切る先輩隊士に榊は思わず詰め寄る。
仲間を見捨てたような嫌な気分だ。
「ここであの、大型の妖に発砲しても銃ではきかん
それに……」
「それに?」
言葉を荒げて榊は先輩の顔を見る。
「仲間に当たる。
我々は、エリオット隊長のように、正確に撃つことができん」
「……」
実力不足……
そういうことだ。
榊は再度、庭に目を戻す。
(無事でいてください)
自分にできることは、入り口からエリオットたちの銃撃を逃れて侵入してくる妖を、一匹でも多く葬ること。
それだけだ。
榊は唇を強く噛み締めた。
「鬼頭隊長!!!」
高岡は倒れた鬼頭に走り寄る。
「鬼頭隊長!!!!!」
「耳元で叫ぶな……」
鬼頭は頭をおさえた。
「鼓膜が破れる」
(生きてた!!!)
高岡は胸を撫で下ろした。
しかし、鬼頭は起きあがろうとしない。
鬼頭の額あたりから血が滴り落ちている。
高岡はおそるおそる、鬼頭の額を触る。
「出血しています」
(頭を強く打ったかもしれない)
「鬼頭隊長はもう、戦わない方がいい」
高岡は鬼頭の両脇に手を入れ、ずるずると警察所の方へ引きずっていく。
鬼頭はされるがまま動かない。
神崎と数人の隊士が走り寄り手を貸してくれた。
皆、あちこち傷だらけだ。
(たった一匹の妖で一気に状況が覆った……)
高岡の背筋に冷たいものが流れ落ちる。
(黒崎隊長の話では、巨大な妖はあと一匹いるはずだ……)
周りを見渡す。
まだいない。
「あとは任せた。
怪我人は室内で診てもらって。
神田明神の巫女さんたちがいるはずだ」
高岡は後輩たちに指示を出した。
(まじかよ。
俺、仕切んの?
ここ)
急いで藤堂副隊長を探す。
(いない!!!)
口元が引き攣った。
(あんたの役目だろ!!
やられてんじゃねーよ!!!)
ドスン!!!
地響きが高岡の心臓を鷲掴みにする。
ドスン!!!
「きやがった」
思わず変な笑みが溢れた。
蛇が開けた塀の穴の向こうから……
「何あれ……」
全身を鎧で包んだ、角を持つ、武者のような大きな塊が歩いてくる。
「硬そうな上にでかい!
角までついてやがる!!」
雄牛のような顔がギロリと高岡の方へ向けられる。
その瞬間、ものすごい勢いで突っ込んできた。
「牛かよ!!!」
高岡は全身で真横に飛び退く。
先ほどまで高岡いた場所に牛が突っ込んだ。
身体中を包む強固な鎧がガラガラと不気味な音をたてて砂埃を舞上げる。
牛はそのまま警察所の建物に突っ込んだ。
廊下が踏み破られ、障子や屋根瓦、柱が吹き飛んだ。
「やめろよ!!!」
怪我人を運び戻ってきた隊士たちが、巻き込まれそうになり、走って庭に飛び出てきた。
「高岡さん!
どうやって倒しますか?」
神崎が汗と泥にまみれた顔を手の甲で拭き走り寄る。
「それ、俺に聞く?」
ざっと全体を見る。
「やっぱ、足か?」
足だけ人間のようだ。
「あいつ、顔だけ牛だ。
あいつの頭の攻撃を避けながら、剥き出しの足を狙え」
しかし、足にも脛当てなど防具がつけられている。
「あの速さで攻撃してくる中、狙いを定めるなんてできるでしょうか」
神崎が不安げに高岡を見る。
(こいつ、新人なのに、こんな状況になって、散々だな)
一瞬、高岡は神崎に同情した。
「やるしかないだろ!!」
「はい!!!」
牛が立ち上がる。
「みんな散れ!
まとまってると、突っ込まれたら終わりだぞ」
牛が、まるで人間のように走り込みの体制をとる。
「なんだよあいつ、ふざけてんのか」
―― ドドドドドドド
隊士めがけて角を前に出して走り込んでくる。
走る姿は人間だが、その勢いと威力は化け物だ。
次々と隊士たちが、足めがけて刀をふるう。
どの攻撃も跳ね返され、刀と鎧が当たる甲高い音が響き渡った。
「うわぁ」
「ダメです!!」
振るった刀が牛に当たった勢いで、体ごと吹き飛ばされる隊士を見ながら、高岡は剛鳳ごうほうを握り直す。
(足を狙え。
力任せにいくな。
相手の勢いを使え)
息を吐き、姿勢を低くした。
牛の鼻息がかかるところまで引き寄せる。
黄色い目が高岡を見た。
「今だ!」
突っ込まれる直前で左に体をそらす。
同時に、刀を、足めがけて横一閃。
相手の勢いを利用し、薙ぎ払った!!!
―― ガキィインン!!!!!
手から腕まで鋭い痛みが走る。
肩が剥がれそうになる。
剛鳳が後方に吹き飛び、木に突き刺さった。
高岡は真横に吹き飛ばされた。
「高岡さん!!!」
誰かが叫ぶ。
一瞬、頭が真っ白になり、空だけが見えた。
―― ズザザザ
土の上を自分の体が滑っていく
「痛てぇえ」
そのまま横倒しになった。
「……」
何が起こったかわからなかった。
自分の手を見る。
刀が……ない。
(吹き飛ばされた?
刀ごと、俺も?)
気づいた時には、大きな影が自分の目の前に立ち上がっていた。
化け物牛の鼻息が聞こえる。
「高岡さん!!!」
神崎が走り寄り、牛の足もとで刀を振り上げる。
―― キィイイン!
全く刃が通らない。
牛の目が神崎に向く。
「逃げろぉ!!!
神崎!!!!」
高岡は地面に横倒しになったまま叫んだ。
神崎が気づいた時には遅い。
人の頭ほどもある拳が、空に振り上げられていた。
「やめろ!!!」
―― ザクッ!!!
一陣の風が吹いたかと思った。
黒い影が高岡の前を走り抜け、神崎の頭上に振り上げられた牛の拳を斬り落とす。
牛の腕が空に舞い上がったかと思うと、
ズトォオンン!!!
高岡の真横に土煙をあげながら落ちてきた。
高岡は思わず口を開けた。
刀を振り上げた男は、刀についた血を振り払う。
「大丈夫?」
場に似つかわしくない明るい声。
「一ノ瀬隊長……」
呆然とする高岡の前に、にっこり笑った一ノ瀬が立っていた。




