第66話 決戦前の客人
「守りを固めろ!」
警察所内は隊士たちの行き交う足音と怒声。
小手や鎖帷子を着用する騒がしい音が響き渡る。
鬼頭は動ける隊士たちの陣形を整えた。
「戦える者は前へ。
立てぬ者はひとところに集め、その部屋の守りを固めよ!」
鬼頭の声を、暗い部屋の奥、布団の上に座した黒崎は目を瞑ったまま聞いていた。
「まもなくだ」
黒崎の式が、あやかし連合の動向を知らせてくれた。
清雅が姿を消してから、しばらくして、相良も警察で見かけなくなった。
綾小路も高階も。
黒崎は複数の式を放ち、警察所の周りを見張らせた。
それを鬼頭へと報告していたのだ。
奥で咳き込む声が聞こえる。
一ノ瀬だろう。
他にも複数の隊士が別の部屋で寝込んでいる。
今動ける者はざっと三十を超えている程度か。
かなり厳しい状況なのは言うまでもない。
神崎が状況を確認するために障子を開け入ってきた。
病の身である黒崎に指示をもらうことに対し、後ろめたさからか遠慮がちに頭を下げる。
「もうすぐ来る。
敵は大型の妖が三体。
小型のものは数え切れぬほど。
それを従えるは遮那を含めた四人の男」
神崎は黒崎の言葉に深く頷き、鬼頭への報告のために姿を消した。
「もつだろうか」
「もたせるしかないでしょ。
せめて、相良さんが戻るまで」
真横で声がして黒崎は眉をしかめた。
「一ノ瀬、
お前は寝ておけ」
黒崎は冷たい視線を横に立つ男に向けた。
一ノ瀬は警察隊の黒い羽織袴に着替えており、脛当てと小手をつけていた。
「鬼頭さんとエリオットさんを信じているので、まだ出る気はないから。
戦局が危うくなったら別だけど。
ここで誰かが死ぬくらいなら、その方がいい。
それに……」
そこで言葉を切り、やや眉を潜める。
「畳でふせって死ぬよりは、戦いの場で死んだ方が、ずっとマシかなって」
そこで黒崎を見ると、でしょ?と言いたげに小首をかしげた。
(一ノ瀬が死を覚悟するとは珍しい)
黒崎は一ノ瀬の横顔を見る。
「お前は、近衛が裏切ったと思っているのか?」
いつもは他人の考えなど聞く気も起こらない。
だが今は、一ノ瀬がどう感じているのか、なぜか急に知りたくなった。
一ノ瀬はこちらを見なかった。
ただ、
「さあ」
とだけ答え、そのまま庭の方へ視線を向けたまま、何も喋らなくなった。
鬼頭たち第五隊は、門を開きその周りに土塀をつくり、箪笥、葛篭など警察にあるすべてのものを積み上げた。
その隙間や壁際に、銃を持った第四隊を配置する。
エリオットは、屋根に残りの第四隊を配置した。
第五隊と第四隊で入り口を固める。
「妖は賢くはない。
入れる場所があれば殺到する。
そこをまず、重点的に叩き、数を減らす」
鬼頭は声をはった。
ここでどれだけ数を減らせるかで、警察内部での戦局が大きく変わる。
(しかし)
鬼頭にはひとつ、どうしても解決できない問題が残っていた。
妖を討てる刀や銃がない。
(一ノ瀬隊長や黒崎隊長からお借りする……
そのようなこと、とてもではないが、この口からは言えぬ)
「鬼頭隊長!!」
入り口から第五隊隊士が血相を変えて走り込んできた。
「来たか?」
「いえ!
客人です!」
「?」
(客だと?)
鬼頭は隊士から状況も聞かず門へと走った。
この時刻、この頃合いに、誰が来ると言うのだ?
鬼頭が外へ走りでると、そこには神楽鈴、鉾先鈴ほこさきすずを手に持った、十数人の巫女が神妙な面持ちで立っていた。
「このような時に、如何いたした?」
鬼頭はその気迫に一瞬気圧されながらも巫女たちを見る。
(この者たちは……まさか)
「私どもは神田明神より参りました。
警察の危機を救うべく、宮司の命めいによりお力添えに参上いたしました」
鬼頭はその言葉に驚き、口をぽかんと開いた。
どの者も、とても妖と戦えるようには思えぬが……。
返答に困っていると、神楽鈴をシャランとならし、巫女の一人が前へと進み出た。
「わたくし達の祈祷により、皆様の刀に、妖を討てる力を付与させていただきます」
「なんと!」
鬼頭は背筋に寒気のような、武者震いのようなものが走り、思わず肩を震わせる。
まさに!
「まさに今!
そのような力を欲していたところです!!」
頬が紅潮し、進言した巫女に詰め寄る。
古の力なのか、神の御業なのか。
誠に不思議なものよ。
鬼頭は巫女達を急いで門より中へと入れると、巫女達は足音ひとつさせず、奥へと消えていく。
一人、最後尾の巫女が鬼頭の前で足を止めた。
「昨年、警察の方々には……」
そこで巫女は鬼頭の目を下から見上げた。
「神田明神にて妖が惹き起こした難を、お救いいただいたこと、深く感謝申し上げます」
言うと頭を下げ、巫女は静かに門から中へと入っていった。




