第65話 愛しい弟の反発
「清雅、許せ。
今から江戸警察を潰しにかかる」
兄の周りには、複数の妖と、遮那、手下の男二人が集まっていた。
皆、外に出て、戦装束に身を包む。
「ムカデ衆がことごとく、しくじった。
京都からの薬が警察に届く前に、江戸警察を攻撃し全員始末する」
「薬が……届く?」
清雅は思わず立ち上がった。
(皆が助かる)
清雅は思わず顔を綻ばせる。
黒崎と一ノ瀬の体調が、ずっと気に掛かっていた。
特に一ノ瀬は、自分と刀を交えたことで悪化した可能性がある。
「今宵、奇襲をかける」
「待ってください兄上!」
清雅は庭に走りでる。
今、この数で襲われたら江戸警察は多くの死人が出るのは確実だ。
「兄上が江戸警察を襲うというのなら」
清雅はついに、兄に向かって刀を抜いた。
「私がここで、兄上を倒します」
それまで黙って様子を伺っていた遮那が、ふいに大声で笑い始めた。
「元輝様の弟君だから黙って見てたけど、正直あんた、ここには不必要だよ」
妖たちも、まるで元輝を守るように前に出る。
『主の実力では兄は倒せん』
九曜までもが元輝の味方をしているように清雅には思えた。
「私は警察です。
ここで朽ちてでも兄を止めねば、仲間に顔向けできぬ」
言うと、中段の構えをとる。
清雅の心臓はさまざまな思いをかかえ、異様に大きな音を立てていた。
いつになく真剣な眼差しの弟を、元輝はそれでも愛おしそうに眺める。
「お前は、武士になったな」
元輝は深くうなずいた。
「だが、私はそれを求めてはいない」
言うと、刀を抜き放った。
「立ち向かってくるのなら相手いたそう。
だがな」
そこで、相変わらず柔らかい表情で、ため息をついた。
「何をしようと、何を思おうと、お前は私の可愛い弟だ」
清雅の目が見開かれた。
(なぜ)
「兄上……」
(なぜ、そこまで、俺を愛してくれるのか?)
清雅の動揺が剣先の震えから伝わってくる。
九曜はおし黙った。
兄の優しい眼差しを睨み返しながら清雅は剣を強く握り直す。
お互いがお互いの一撃を来ないでくれと願うように、睨み合いながらぐるぐると回り始めた。
静かな呼吸。
(いつからだろう)
清雅の頭の片隅には、昔の兄の顔が浮かんでいた。
(兄が変わってしまったのは)
涙がこぼれた。
(俺は、本当に駄目な奴だな。
命をかけて仲間を守ると誓っても)
兄は顔色一つかえず、清雅を見ている。
(兄を目の前にすると、斬りかかることさえ躊躇する)
九曜は何も答えない。
「清雅」
兄が優しく目を細める。
「すまぬな」
言うと、左手を清雅の腹の辺りに素早く潜り込ませた。
―― ドクン
何かが腹から全身に響き渡る。
体の中に、黒いものが入り込む。
吐き気と眩暈が同時に起こり、膝をついた。
視界が暗くなる。
「妖を潜り込ませた。
しばらく動けまい」
清雅はそのまま地面につっぷした。
意識はしっかりしている。
ただ、体が全く動かない。
(待ってください兄上!)
声を出したつもりが、自分の頭の中だけに言葉が響く。
(やめてください!
警察を襲うのは……)
みんなが……
みんなを……。
頭を持ち上げようにも指先ひとつ動かない。
「藤乃、清雅を頼んだぞ」
言うと、元輝はあやかしを引き連れ、堂々とした足取りで江戸警察の方へ姿を消した。




