第64話 新しい時代の男
高階は斬られた箇所を素早く止血すると急いで茂みの奥へと身を隠した。
そのまま誰にも見つからぬよう、木々の隙間を通りながら足を早める。
「くそっ」
思ったより深く斬られたため、視界がかすみ、足がもつれる。
「あと少しだったというのに」
全てを、この計画にかけていた。
そのために、数年、京都警察で無駄な時間を過ごしたのだ。
「あの、いまいましい男の下で我慢してきたのも、この時のためだ」
あやかし連合と結託し、江戸警察をつぶし、京都警察をのっとる。
江戸警察を潰す計画にのったのは、京都警察の吉岡、綾小路を始末したとしても、江戸警察から上のものが派遣される可能性が高かったからだ。
―― どちらにしても失敗に終わった。
いや、京都ののっとりは失敗したとしても、江戸警察の崩壊は避けられまい。
(あの薬さえ燃やしてしまえば)
しかし肝心の薬の在処は聞き出せなかった。
「何度でも潰してやる。
何度でも狙ってやるぞ」
日本を西洋に売り渡そうとする者たちなど、全て始末してくれる。
―― ふと、背後から足音がする。
つけられているようだ。
いや、こちらに向かって走ってきている。
(まずい。
まだ、私にはやることがある)
高階は転がるように茂みを走った。
(まだ、こころざし半ばだ。
ここでやられるわけにはいかん)
息が上がる。
斬られた箇所がうずく。
めまいが止まらない。
(おのれ相良め)
追う方の人間が、追われる方に変わる。
人生など、いつ、ひっくり返されるかわかったものではない。
先ほどまでの
優位。
余裕。
自信。
一瞬にして崩壊し、まるでさっきまでの綾小路の立場と入れ替わったようだ。
後ろを振り返る。
追ってきているのは ――
(相良ではない?)
―― はぁはぁはぁ
高階は必死に息を吸い吐き出した。
しかし、追っ手は息も切らせていない。
「待て!」
若い声がした。
「逃げても無駄だ。
俺に斬られるか?
それとも――」
選択肢を突きつけてくる。
追いかけてくる男の顔が間近に見えた。
(岩崎……という名だったか)
重田に利用された無能で自信家の男だ。
だが……
その目は真っ直ぐで、青臭く、美しく、これからの未来しか見えていないようだった。
(これから……)
日本は変わっていくだろう。
もっとも、見たくもない時代がやってくる。
この、若者たちが、どう日本を変えていくのか、いや、守っていくのか。
――(私には全く興味がない)
「どうする?」
岩崎の声が響く。
「どうするだと?」
高階はあざけるように答えた。
「お前に私は殺せない」
言うと、振り返り、
自分の腹を掻っ捌いた。




