第62話 最も胡散臭い男
「聞こえてます?
……隊長」
声が上から降ってくる。
視界がぼやけ、白か茶色か何色かもわからないものが目に入る。
どうやら、まだ地面の上につっぷしたままらしい。
斬られてから、そこまで時間は経っていないようだ。
「ねぇ、聞こえてますか?
綾小路隊長」
急に声が耳元まで降りてきて、言葉がはっきり聞き取れた。
どうやら、地面の上につっぷしている自分に、しゃがみこんで話しかけてくる馬鹿がいるらしい。
「……動けへん」
かろうじて出た言葉がこれだ。
「でしょうね」
そう返してきた声色は、冷静で冷たく、聞き覚えのある声だった。
ぼんやりした意識が多少戻ってくる。
綾小路はわずかに目をあげ、話しかけてくる男を見上げた。
細くて鋭い目。
鷲鼻が目立つ悪役に近い顔。
まるで、鋭い刀のような存在感を放っている。
「……高階か……」
綾小路はがっかりして目を閉じた。
「まだ死んでもらっては困るんです」
急に綾小路の首の後ろ、その襟あたりが、強い力で上へと引き上げられる。
高階が片手で掴み上げ、自分の顔と同じ位置に綾小路の顔を近づけてきた。
「死ぬ前に、隠した薬の場所、教えてもらっていいですか?」
「……」
綾小路はしばらく高階を見ていたが、急に目を閉じため息をついた。
「それが、長年一緒に戦ってきた友人へ向ける、最後の言葉か?」
「割と元気そうですね。
それだけ喋れるなら、さっさと薬の場所、言ってもらえます?」
高階の手には、血に塗れた日本刀が握られている。
(あぁ、こいつに斬られたんか……
結局やっぱり、こいつが吉岡さんを斬った奴やったんやな……)
高階のことはずっと疑っていた。
だが決め手がなかった。
高階はたびたび単身、江戸へ向かうこともあった。
綾小路は、江戸での諜報活動や刺客の指示も、高階が行っているのではないかと勘繰っていた。
京都警察を離れる時に高階を連れてきたのも、刺客であると疑っていたからだ。
危険な男を京に置いていくわけにはいかない。
(江戸で様子を見れば、尻尾を出すかと思っていたら、
今ここで、その汚い尻尾出すんかい)
綾小路はがっくりとうなだれた。
「まあ、別にいいですわ」
高階は言うと急に立ち上がり、綾小路から手を離す。
―― ドサリ
またもや顔から地面につっぷしたが、もはや痛みなど感じなかった。
「あとでゆっくり探します。
とりあえず、一番大事な目的を、はたさなければなりませんのでね」
言うと、刀を振り上げる。
「長い間、お世話になりました」
「高階……」
「なんです?」
刀をふりあげたまま、高階はわずかに目を見開いた。
「京都警察つぶして …… あんた何するつもりや?」
よくは見えないが、高階はかすかに笑ったようだ。
「京都警察の一番上。
そこに立てば、京都御所に足を運ぶこともあるでしょう?」
綾小路は、唾を飲み込み目を見開いた。
(まさか)
「我ら、いや、私が率いる戦国復古派は、武士の絶対的な支配が必要だと考えている」
(おまえが戦国復古派の頭か!!)
怒りがわく。
(京都御所で事を起こすだと!)
絶対に見逃すわけにはいかない。
京都警察、第一隊隊長の名にかけて!
綾小路は手に砂を握った。
そして、刀を振り下ろそうとする高階の顔めがけて、ありったけの砂を投げ放った。
「な!
くそ!
まだ動けるんかい!!」
高階は砂が入った目に、袖を必死に擦り付ける。
綾小路は、ふらふらと立ち上がると、また走り出そうとした。
しかし、視界がぐるぐるしており、足元がふらつく。
自分の足にひっかかり、どさりと転げた。
散々走ってきたが、もはやこれ以上は走れない。
「薬も!」
膝立ちになり顔を上げる。
「京都警察ののっとりも!
吉岡さんとの約束も!!」
綾小路はありったけの声で叫んだ。
「私は!
―― 私は、何ひとつ守れんのか!!!」
腹の底が震えた。
口の中で血の味がする。
背後に、ふらつきながら刀を振り上げる高階の気配を感じた。
「ちくしょう!」
うなだれた綾小路の横を、何かがものすごい速さで走り抜けた。
「貴様!!」
高階の怒りに満ちた声がする。
―― ギィイン!
刀が鋭く交差する音が響き渡り、誰かが斬られる音がした。
―― ドサリ
次に、倒れる音。
もはや振り返る力もない。
綾小路がその場に倒れ込もうとしたその瞬間。
たくましい腕がその体をぐっと支える。
「大丈夫か?」
うっすら見える視界に、相良の彫りの深い顔が見えた。
「……
遅……」
綾小路の呟きに、相良の顔がわずかにひきつった。
「……遅すぎません?
私……死にかけましたけど」
「お前がいつ、ここに着くかなど、わかるはずもなかろう!」
むっとした顔で相良が睨んでくる。
「あの手紙を見て、三日間、何度もここまで足を運んだ。
お前はなぜ、式を使わん?」
「……お宅の黒崎さんが …… 信用できんかったんです」
綾小路は力なく笑った。
「はっきり言うが、お前が一番、胡散臭かった」
相良はかすかにため息をついた。




