第60話 暗転
ガキィン
鉄と鉄がぶつかり合うにぶい音が木々の合間に響きあう。
綾小路が最初に斬りつけた男は、脇腹をおさえ倒れこんだ。
ついで二人目の腹を足で蹴り上げる。
意表をつかれて男が転がった。
すかさず上から斬りつける。
警察隊は体術も心得ている。
多くの武士がそうだが、警察ではそれを上回る指導がなされている。
綾小路はあがった息を整えた。
問題は右手からせまってくる男。
手首にも首にもムカデの刺青をした男が刀を抜き放ち、ゆらりと立ちはだかる。
「あんたら、ずっと私を追いかけてきたんか?」
綾小路は時間稼ぎもかねて、うっすら笑みを貼り付けながら男に話しかけた。
「こんなに早く江戸に戻るとは思ってもみなかったかな?」
ただの刺客だ。
問いかけには応じぬかと思いきや、男は不敵な笑みをこぼした。
「好機」
「何が?」
「あんたを殺れる好機が今だ」
中段の構え。
相手の呼吸、目の動き、構えの姿勢から、どの程度の腕前かがわかる。
(なかなかやるな)
この男が、自分を追う刺客をまとめている者なのだろう。
(普段なら私のほうが上。
今は五分五分かな)
五分五分にかけるほど、ぎりぎりの選択はしない。
綾小路は素早く周りを見渡した。
茂みの奥は斜面になり足場も視界も悪い。
刀を振り回すのも不可能。
思うが早いか、素早く踵を返し、茂みの奥へとつっこんだ。
「まだ逃げるか!!!」
刺青の男は激怒して刀をしまい後を追う。
茂みに入った頃には、綾小路は驚きの速さで走り、すでに後ろ姿だった。
「おのれ!逃さぬ!」
男はそのまま、茂みに足を取られながらも後を追った。
―― はぁはぁはぁ
どれだけ歩いて、どれだけ走るねん私。
(私が死んだら京都が困る)
そう言われたなと、ふいに記憶が蘇る。
あれは、吉岡が無惨にも自室で斬り殺される数日前だった。
「綾小路くんだけが、この警察をまとめられる器の持ち主だ」
吉岡は綾小路の前に正座し、綾小路の目を優しく見やった。
「やめてくださいよ。
吉岡さんがいるうちは、私は何かをなそうなど、考えてもおりませんので」
綾小路は目を細め、旧友とも言える男の顔を見返した。
「もし、私が殺されるようなことがあれば、いったん京都を離れたほうがいい」
「なんですかそれ?」
急に真剣な顔つきになった吉岡に、綾小路は驚きを隠せない。
「京都警察は、腐りきっておる。
私が想像していたより、はるかにな」
吉岡は何かを知っているようだった。
綾小路も薄々は勘づいていたが、誰が、どんな目的で組織を動かそうとしているかまでは読み解けていない。
「刺客は、かなり近くまで食い込んでいる。
私が死ねば、一気に事が動くやもしれん」
「やめてくださいよ。
それなら護衛を強化させましょう。
死ぬことを前提に話をするのは、私の性には合いません」
そんな綾小路を、吉岡は少し満足げに見ていた。
「そうやな。
綾小路くんの言う通りやわ」
(私は、吉岡さんだけは、ほんまに尊敬しとった)
―― それなのに
過去へと心と頭が引っ張られていた綾小路だが、後ろから追い上げてきた刺客の息遣いに、ふっと現実へと呼び戻された。
「逃さぬ!」
背後からドンッと体当たりされた。
たまらず綾小路は前面に派手に転がった。
着物が泥だけになり、口の中にも土が入る。
目の中にも入りかけた。
(何してくれるねん!)
口の中の土を吐き出しながら急いで立ち上がる。と同時に、地面に近い低い位置から刀を抜き放った。
刺客の男の驚く顔が見えた。
気づいた時には、すでに男は胸元を斬られていた。
手元さえ見えない。
抜いたことさえ気づかなかった。
綾小路は神速の抜刀術の使い手であった。
ドサリと男が前のめりに倒れる。
「ふぅ」
一息ついたその瞬間。
背後に殺気を感じたがすでに手遅れ。
―― ザクッ
振り返りざま、刀で受けようとした背後からのひとたちを受けきれず、綾小路の右肩から胸にかけて血飛沫が舞い上がる。
「もう一人おったか」
そのまま視界が暗転する。
(吉岡さん……)
吉岡の最後の笑顔が目に浮かぶ。
(すみません)
心の中で謝った。




