第6話 岩崎の心
岩崎はまだ朝も早く、誰もいない時間から素振りの稽古をおこたらない。
これは子供の頃からの日課であった。
まだ薄暗い道場で、木刀を振るう「ヒュン。ヒュン」という音だけが、岩崎の集中力を極限まで高めてくれる。
朝のこの時間は、肉体だけでなく精神をも鍛えることができる。
(強くなる)
そう思い生きてきた。
十八になる。
もう一人前だ。
だが……
ここへ来て、認めてもらえぬと思うことに山ほどぶつかった。
それが歯痒かった。
なによりも、隊長たちの自分に対する興味のなさが、激しく岩崎の自尊心を傷つけた。
通い詰めていた道場では、誰もが岩崎の腕を褒め、努力を認めてくれていたはずなのに……。
「あれ、早いね」
ふと気づかぬうちに、出入り口付近に清雅が立っていた。
「……おはようございます」
先輩に対して、ぶっきらぼうに言葉を発する。
朝の清い時間を誰かに邪魔されることは、岩崎にとって不愉快以外の何者でもなかった。
「一緒に良いかな」
遠慮がちに言葉を発する清雅が、また岩崎の感情に火をつける。
(どうして)
(こんな、強くもなさそうな人が、隊長たちのお気に入りなのだろう)
自分がどれだけ強いかを見せてやりたい。
自分の今までの努力をしらしめたい。
岩崎は、この数日に感じた居場所のなさを、清雅にぶつけることで払拭しようとしている自分には気づいていない。
ただただ、清雅が気に入らないと思っていた。
「手合わせ願えますか?」
感情を出さぬよう、抑え気味に岩崎は清雅に問うた。
清雅がこちらを見、物静かに小さな声で答えた。
「いいよ」
防具をつけようとする清雅に岩崎は「防具なしでお願いします」と頭を下げた。
「え?」
(木刀で防具なしなど、当たれば骨折しかねない)
「真剣に手合わせ願いたい」
岩崎は再度頭を下げる。
(なんだろう)
清雅は躊躇しつつも、木刀を手に岩崎と向かい合った。
(ならば、当てぬよう、当たらぬように。怪我をさせても困る)
清雅の思いとはうらはらに、岩崎は上段の構え、その目からはギラギラと闘志がみなぎっていた。清雅に一矢報いるという、謎の報復の感情が、全身から発せられていた。
―― 討ち取る
岩崎は、命をかけた戦いの経験はなくとも、今まさに、自分が感じているこの気持ちは、実戦ではこのように表現して良いのではないだろうかと思っていた。
己の心の酔い、その身全てが力を得たような錯覚を覚える。
清雅は中段の構え。
瞬間、強い踏み込みと同時に岩崎が木刀を振りかざす。
鋭い一撃。
(速い)
しかし、清雅はなんなく体を捻り、岩崎の一刀をかわしてみせた。
最初の一撃をかわされた驚きを次の技に転化する。
「ならば」
岩崎の鍛え抜かれた体から放たれる連続攻撃。
速さもさることながら、破壊力も凄まじい。
(当たれば、ただじゃすまない)
道場稽古であれば、その凄まじさに心を持って行かれ、隙が生まれたかもしれない。
しかし真剣で命をかける戦いを経験した今の清雅には、それだけでは精神を削るには不十分だった。
全ての攻撃を見切り、最小限の動きでそれをよける。
同時に、相手の焦る感情を逆手にとり、隙をみせ、その攻撃を封じた。
清雅には、岩崎の心が手に取るようにわかった。
(なぜ当たらぬ!)
(なぜ打って来ぬ?)
息が乱れる。
脇が開き、岩崎の肩が大きく揺れた。
集中が腕のみに向き始めたのに清雅は気づいていた。
(次で決める!)
岩崎の心の声が聞こえたかのように清雅は素早く動いた。
岩崎が、清雅めがけて刀を振り上げたまさにその時、いつ動いたのか、その岩崎の無防備な喉元に、清雅の木刀が突きつけられていた。
「勝負あり」
清雅は、突きつけた木刀を降ろすと、軽く手首をふるった。
(負けた……)
当たらなかった。
汗と同時に激しい疲労感が全身を覆う。
自分の乱れた呼吸が、静かな道場に響き渡る。
当てられぬどころか、清雅は息一つ乱れていない。
(なぜだ)
悔しさが込み上げてきた。
「ありがとうございました」
なんとか声を絞り出し頭を下げる。
(なぜ、こんな、弱そうな奴に……)
自尊心を取り戻そうと挑んだ戦いで、さらに自分の心に追い打ちをかける結果となった。
清雅はその心内を全てその身に感じていた。
あえて言葉はかけず、木刀をなおすと、そのまま静かに道場を後にした。




