第57話 ご所望のもの
元輝との約束の場には藤乃が来ていた。
藤乃は何も言わずに元輝の元へ清雅を案内する。
清雅は終始無言で藤乃を後ろから睨みつけながら後に続いた。
(高岡さんも、一ノ瀬さんも苦しんでいる。
この人たちのせいで)
悔しさが込み上げ腹の奥がぐるぐると掻き乱されているような、変な感覚になる。
藤乃は清雅の顔をうかがうように振り返った。
暗闇の中、高い生垣の奥に古びた屋敷が姿をあらわした。
武家屋敷なのか、清雅たちの管轄外の敷地内に建っており、警察が踏み入ったことは一度もない。
そこは、あやかし連合の仮の根城と思われた。
奥の座敷に通されると灯りもなく、中は寒さと暗さで外と変わらぬ空気を纏っている。
滅多に使われることがないのだろう。そこかしこに埃がたまっていた。
清雅が座敷の真ん中に座すると同時に、奥に通じるとおぼしき障子がゴトゴトと音を立てて開いた。
「清雅ー!!!」
場違いな明るい声とともに両手を広げた兄、元輝が、満面の笑みをたたえて立っていた。
「……兄上……」
普段となんら変わらぬその様子に、清雅は先程までかかえていた怒りの矛先を向ける場所がなくなったような、なんとも釈然としない気持ちに苛まれた。
「よく来てくれたな!
寒かっただろう?
ここには、体をあっためるものが何もない故、何か羽織るものでも持って来させようか?」
いつもの調子で話しかけてくる元輝に、つい笑顔で答えそうになる清雅だったが、先程までの一ノ瀬と交えた剣と、一ノ瀬の顔を思い出し気持ちを奮い立たせた。
「兄上。
約束通り、私はここへ来ました。
兄上も、約束をお守りください」
元輝は広げていた手を下ろし、寂しそうに清雅を見やった。
「私が約束を違えるはずがなかろう?
久しく抱き合っていなかったのだ。
まずは会えた喜びを、いつものように分かち合おうではないか?」
言うと、再度両手を広げる。
清雅はしばらく兄を睨んでいた。
だが、やがて小さく息を吐くと、立ち上がった。
そして、広げられた兄の腕の中におさまった。
「あぁ!清雅!!
久しく頬擦りをしておらんかったなぁ」
ぐりぐりと、顎を押し付けられ、清雅の気持ちは、以前の兄を思う心へ引き戻されそうになる。
(実は兄は、あやかし連合の頭などではないのでは?)
清雅の心に淡い期待が浮かんだ。
「兄上、そろそろ」
清雅は兄の抱擁から抜け出し、真っ直ぐな目で兄を見た。
「……そうか。
まあ、そうだな……」
言うと手をうち、藤乃を呼ぶ。
「あれを」
「はい」
藤乃は両手に大事そうに、小さな木箱をかかえ清雅の前で片膝をついた。
「若様、ご所望のものはこの中に」
思ったよりも小さい箱を手に取り、清雅は思わず兄の顔を見る。
「開けてみろ」
まるで秘密の土産でも手渡すように、兄は嬉しげに弟を見やった。
ギィ。
音をたてて開いた木箱の中には、三袋の薬とおぼしき白い粉が入っていた。
「……」
清雅は言葉を失った。
「……これだけ……ですか?」
「うんうん」
兄は笑顔で答える。
「これだけでは!」
清雅は思わず兄の方を振り返る。その目には必死さと、信じられぬという両方の気持ちがありありと浮かんでいた。
「これだけでは、とてもじゃないが足りません!!」
「うんうん。
そうだろうなぁ」
兄は笑顔のまま、まるで弟のわがままを受け入れるかのように頷いた。
「それはな」
元輝は静かに答えた。
「高岡くんの分だけだから」
「……」
暗闇が、さらにどす黒く清雅の心を覆った。




