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明治維新がこなかった....(下)  作者: yuyuko50
第四章 裏切るということ
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第55話 剣客の信念

元輝との約束の日の夜が来た。




清雅はついに、誰にもこのことを言えなかった。




相良にも、一ノ瀬にも……。






「すみません」




警察の門の前で一人、頭を下げた。




もう、戻って来れぬかもしれぬ。




それが、自分の死……でなのか、裏切り者としてなのか、はたまた……


いやしかし、今までのように皆が受け入れてくれるとは思いもしなかった。




(俺は結局、みんなを裏切ってしまった)





清雅は歩き始めた。




頭の中に、初めて警察へ来た日のことが思い出される。




(あの時は、変人ばかりの嫌なところへ来たものだと、何度思ったことだろう)




早く自分の家へ戻りたかった。




チョコと漫画があれば、どこでも生きていけると思っていた。




『最低な侍じゃったな』




九曜が緊張感なくツッコむ。







ふと、人の気配がした。




町外れ。月こそ見えるが周りは暗く、緑が生い茂る丘の上。




そこに、月の光を背に受け、抜刀した男が立っている。





月にかかった雲が流れていく。




あたりに光がさし、周りが一気に明るくなった。





「どこへ行くの?」




刀を抜いたまま、こちらに歩いてくる。





鋭い眼光。


きゅっと結ばれた小さな口。


その全身からは、警察随一の剣の使い手と言われる殺気がみなぎっていた。





「一ノ瀬さん……」





清雅は気おされたように一歩退く。





「裏切りは……」


一ノ瀬は刀を後方に構えた。





「死」





言うと、清雅めがけて一気に間合いをつめた。





「待ってください!!」


清雅も思わず刀を抜き、突き放たれた一撃をギリギリ受け止める。





―― ガキィン





静かな月空の下、重く鈍い鉄の音が響き渡った。





刀を交えて見える一ノ瀬の目は、強い殺気をはらんでいる。




(本気だ)




清雅は震えた。




(一ノ瀬さんは、本気で俺を斬ろうとしている)




交わった刀をやっと払いのけると、一ノ瀬は火の構え。




一歩でも動けば、そのまますぐに斬られる。




それほどの気迫を放っていた。





「一ノ瀬さん。


 やめてください!」




清雅は自分の声が震えているのがわかった。





「俺……」


「わかっているよね?」




清雅の言葉を打ち消すように、冷たい言葉が返ってくる。




「僕は、警察隊の副隊長だ」




(知っている)




「裏切り者を斬るのが僕の仕事」




裏切り者という言葉に、清雅の胸はどうしようもなく締め付けられた。




「君がどんな言い訳をしようとも今日」




一ノ瀬の目がギラリと光ったように見えた。




「敵のところへ赴こうとしている。


 それが全てだ」


同時に一ノ瀬の足が地を蹴る。




『来るぞ!』




頭から振り下ろされる刀は、目にも止まらぬ速さであった。


明らかに頭頂部を狙って振り下ろされた一撃は当たれば即死だ。


対して攻撃手は無防備になるため、反撃されやすい。




しかし、一ノ瀬には一部の隙もなかった。




清雅は攻撃の鋭さに、湧き上がる恐怖心を抑え込み、自らの刀を下から滑らせる。





―― ギィン





再度響き渡る重い音。




ギリギリで一ノ瀬の一撃をかわすことができた。





手が痺れている。




あの華奢な体躯からは想像もできない力強さ。




(これが、第二隊隊長の実力……)





清雅が一ノ瀬に視線を戻そうとしたその刹那。


視界から一ノ瀬が消えていた。




『清雅!横じゃ!』




音もなく清雅の右側に、風のように回り込んだ一ノ瀬は、まるで刀に自らの体をのせるように優雅に剣を振るう。





一文字斬り





清雅は素早く刀身を垂直に立て、一ノ瀬の刀を地面へと滑らせるように受ける。





刃と刃が擦れあい、一瞬一ノ瀬の顔が近づいた。




「!?」




その時、一ノ瀬の荒い息遣いがかすかに耳元に届く。




その剣技も、いつもと違い速度が落ちているように思われた。





一撃をはらわれた一ノ瀬は、通常の剣客であれば崩れるであろう体制から、瞬時に間合いを詰め、清雅の胸に体当たりをくらわした。




たまらず転げる清雅は、あまりの力にゴホゴホと咳き込み、立ち上がれない。





(なんて力だ)


(このままでは斬られる)




急いで一ノ瀬の方を見ると……





前に立つ一ノ瀬は肩で息をし始めていた。




ゼエゼエと吐く息の音がおかしい。




よく見ると、顔色も蒼白だ。




(やっぱり)


清雅は愕然とした。




(一ノ瀬さんも病に侵されている)





「一ノ瀬さん……」




それでも目は清雅から離さない。





「一ノ瀬さん、やめてください。


 それ以上は身体が……」


「清雅くん」




一ノ瀬は素早く息を整えた。




「行かせない」




剣を構え、そのまま突進してくる。





再び、刀と刀が交錯した。




ギィイン




耳をつんざく音。




と同時に、一ノ瀬の心の震えが清雅に伝わってくる。





(行かせない)




清雅は一ノ瀬の目を見た。




(行かせてしまったら、


 清雅くんは戻って来ない)




一ノ瀬の細い体からは想像もつかないほどの力が、清雅の刀をギリギリと震えさせる。




(丸山くんみたいに、


 死んでしまうかもしれない)




「え?」




一瞬、清雅の刀を持つ手が緩んだ。





その瞬間、





ギィン!!




鈍い音とともに、清雅の手から刀が薙ぎ払われ、遠くの茂みに突き刺さった。




飛ばされた刀に目もくれず、清雅は一ノ瀬を凝視する。




「一ノ瀬さん、そんな……」


刀を構えたまま、一ノ瀬は清雅の目を見ていた。




「言ってくれないとわからないですよ」


一ノ瀬の眉がぴくりと動いた。




「言ったら、行くのをやめるの?」


急に一ノ瀬の目から殺気が消えていく。


「ここで、清雅くんを斬ってでも止める。


 それが僕の仕事だか……」




言いかけた一ノ瀬は、急に口を抑えると、




―― ゴホゴホッ




前のめりに倒れ、激しく咳き込み始めた。




膝から崩れ落ちた一ノ瀬を、清雅は急いで前から抱えるように抱きしめた。




咳こむたびに、細い身体が小刻みに揺れる。




「こんな……むちゃくちゃですよ」


清雅は必死に一ノ瀬の背中をさすった。




「……ここまで……みたいだね」




荒い息を吐きながら、一ノ瀬は膝たちになり、頭を清雅の胸に預けた。




「清雅くんの勝ちだ」




言うと顔をあげて、弱々しく笑った。





清雅はそんな一ノ瀬をじっと見ていた。


決意がかたまる。




「俺 ……」




一ノ瀬の両肩をしっかり掴む。




「必ず戻りますから」




清雅はきつく目を瞑った。




「必ず、みんなを助けますから」




声が震えている。




「必ず、一ノ瀬さんのことも助けますから」




一ノ瀬の細い肩をぐっと掴んだ。




「必ず……」




最後は声になっていたかわからない。




「兄を、討ちますから……」




涙が流れた。




言いたくなかった。




でも、俺の仕事だ。




近衛家の次男として、俺がやるべきことだ。




清雅はそのまま声を殺して泣き続けた。




そんな清雅を、一ノ瀬は何も言わずに見ていた。



挿絵(By みてみん)

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