第54話 京都警察からの手紙
鬼頭の報告を受けた相良は腕を組んでしばらく黙っていた。
「所内にまだ刺客がいるとはふんでいたが……」
ため息をつく。
「まさか……だな……」
「まさか……ですね」
二人は下に置かれた二つの書面を見た。
ひとつは、京都警察から京都に戻るようにと、綾小路に宛てられた手紙だ。
もうひとつは鬼頭が調べ上げた、刺客と思われる怪しい動きをした人物の名前が書き連ねてある。
「まあ、綾小路隊長が動いたことにより、敵も動かざるをえなくなったと見た方が良いでしょう」
鬼頭の言葉に
「今なら誰にも怪しまれずに綾小路を斬れるからな」と、相良が付け加える。
「ところで、綾小路隊長が京都に戻られた理由はなんですか?」
京都警察からの手紙には「尋ね物、首尾よく見つかり候」と書かれてあった。
鬼頭の問いに、相良は「知らん」と顎をかいたが、両腕を袖に通すと「検討はついている」と付け加えた。
「薬だ」
「薬……ですか……」
鬼頭はぼんやり復唱したものの、その意味を理解して思わず身を乗り出した。
「京都に薬があるのですか?」
相良は乗り出してきた鬼頭を横目で見ながらふと外を見やる。
「もうすぐ大つごもりだなぁ」
庭に積もった雪を目を細めて見た。
「相良隊長!
それは、途中で綾小路隊長が襲われたら、薬さえも手に入らなくなるということではないですか?」
「そうだ」
鬼頭は珍しく取り乱しているようだった。
(なぜ、相良隊長は冷静にかまえているのだろう)
重要な情報の多くを語らない。
これは相良の悪い癖だと鬼頭は思っていた。
「以前にな」
相良は急に話を戻した。
「京都でも同じような病が流行ったことがある。
その時に、京都の陰陽師が総出で薬を作り、多くのものが治癒した」
「では、綾小路隊長は、それを取りに京都へ戻られたと?」
「だろうな」
(なぜ、そんな大事なことを誰にも言わずに……)
(命を狙われていると知っていたからか)
「なんとしてでも、綾小路隊長の今いる場所を突き止める必要がありますな」
鬼頭は焦りをあらわにした。
第五隊でも咳き込む者が増えてきている。
診療所も手一杯で受け入れが難しいと断られたところだ。
そんな鬼頭の焦りをよそに、相良は手紙を光にかざして見ていた。
「まあ、焦るな」
相良は眉を潜める。
「焦ったところで、良い策は浮かばんもんだ」
「いやぁ、遠いわ」
綾小路はふと立ち止まる。
「それに寒すぎる」
足元が凍るように痛い。
箱根の石畳は、まるで氷の上を歩いているように固くて冷たい。
加えて、富士山からは想像を絶する強風が顔や体を容赦無く吹きつけてくる。
思わず片膝をついた。
「ここまでする必要あるかなぁ」
すかさず立ち上がると先を急ぐ。
「でもまあ、目の前でみんなに死なれるのも嫌やし」
綾小路は自分は損な性格だなと思った。
なんでも自分の役回りではないかと感じるその性格のため、自ずと人と距離をとるようにしていた。
しかし、江戸警察で働く者たちの距離感の狂い方よ。
「京都ではもっと、人は人。
割り切ってたけどなぁ」
冷たいわけではない、立ち入る領域をきちんと決めていただけだ。
「しかし」
すっと後方に目をやる。
追っ手はきてないようだ。
「私がいなくなったこと、気づかれなかったようだな」
やはり一ノ瀬に宿をとってもらったのが良かったのだろう。
まさか、宿をとっておきながら、京都へ戻るとは思うまい。
そんな綾小路の耳元に、この時期には珍しく、黒い蝶が飛んできた。
厳しい寒さの中でも、不自然に風などもろともせずに宙に漂っている。
「助かるわぁ」
京都からも使者をたててくれたことを、式が伝えてくれた。
「このまま江戸と京都を往復したら、それこそ私が一番にあの世いきや」
そろそろ日が暮れる。
「今日は温泉宿に泊まって体を休めよう」
温泉と美味しい食べ物を思い浮かべると、自然と口元が緩むのであった。




