第53話 あやかし連合の誘惑
清雅は高岡の元に足繁く通っていたが、高岡の病状は日に日に悪くなるばかりだった。
『正直に言おう』
九曜が珍しく暗い声で清雅に話しかける。
『もう、あそこには行くな』
「……」
清雅は立ち止まると、九曜を拳で二、三回殴った。
『刀を大事にせぬ侍などくたばれ!!!』
九曜がキレた。
ふと背後に気配を感じ清雅は振り返る。
町を流れる細い川にかかる橋の上。
清雅と、その後ろに立つ男。
二人は無言でお互いの目を見つめ合った。
「兄上」
最初に口を開いたのは清雅だった。
元輝もとてるは、そんな弟の顔を優しく、愛おしそうに見やる。
「困った顔をしているな。
兄に悩みを言うがいい」
まるで、何事もなかったかのような、あの時、あやかし連合の頭であることを打ち明けた、あの出来事が嘘であったかのような、いつもの眼差しだった。
清雅はそんな兄を初めて、怖いと思った。
「兄上たちが、この病を流行らせたのですか?」
清雅は複雑な思いを腹の底に押し込め、冷静に言葉をつなげた。
「流行らせた……わけではない。
妖のもつ病を、誰かが受け継いだのではないか?」
「病を持つ妖を江戸に放ったのは、兄上ですか?」
清雅は言い方を変え、兄に詰め寄った。
「それが正しい言い方だ」
兄は納得したように頷いた。
(やはり)
清雅は自分の心が折れそうになるのをぐっとこらえた。
(兄上には悪びれた様子もない。
これが、本心……)
じわりと涙が込み上げてくる。
見られぬように、下を向いた。
「ところで、再度問うが……
あやかし連合に来てくれるだろうか清雅」
兄が清雅の顔を覗き込むようにして、清雅の肩に手を置く。
思わず清雅は兄の顔を睨みつけた。
(なぜ、そんなことを簡単に言葉にするのだろう)
頭の中が混乱する。
この人は……もしかしたら!
兄は、あやかし連合に、操られて……
「もし、清雅が我々のところへ来てくれるなら、高岡くんを助けてあげてもいい」
はっとして見開いた清雅の目と、兄の優しげな目が合った。
「治せるのですか?」
「薬があるのでな」
もう一人、後ろに気配を感じた清雅は、素早く背後を振り返った。
そこには藍色の着物に身を包んだ藤乃が立っていた。
「若様、ここに、高岡さまのお薬を用意しております」
(え?)
清雅は藤乃の姿を見たまま呆然と立ち尽くした。
(藤乃まで……)
(俺の周りは、あやかし連合ばかりだったのか)
怒りが湧いてくる。
藤乃を睨み、拳をきつく握った。
「いらしてください。
あやかし連合へ」
「さあ、共に参ろう。清雅!」
二人はさも嬉しそうに清雅の肩を抱いた。
清雅はその場に立ち尽くすしかなかった。
「二日後の夜」
清雅は警察所への道をふらふらとした足取りで進む。
「二日後の夜に迎えに行く」
元輝の言葉を思い出していた。
「さすれば、お前の大事な者たちを救う薬は用意させよう」
清雅は警察の入り口で足を止めた。
空はすっかり暗くなり、いつ、どのように時が過ぎたのか記憶も定かではない。
ただ、顔に吹き付ける冷たい風だけが、時の経つのを教えてくれるようだった。
「清雅くん?」
ふいに声をかけられ我に返る。
顔をあげると、警察所の入り口に一ノ瀬が立っていた。
月の光を浴びた一ノ瀬の顔は青白く見えた。
ただ
ゴホッゴホ。
一ノ瀬が肩をふるわせる。
清雅は足の力が抜けるような、愕然とした気持ちに苛まれた。
(一ノ瀬さんまで……?)
一ノ瀬を見ると、何事もなかったかのように笑顔でこちらを見ている。
(もう、俺が、行くしかないかもしれない)
(そうじゃないと、大事な仲間が、みんな病に倒れてしまう)
折れそうになっていた心を無理やり立ち直らせた。
(そうだ。
俺が一人で乗り込んで、薬を受け取り、あやかし連合を潰せばいい)
清雅の目がほのかに赤黒く光る。
(近衛家の責任は、俺がとる)
風もないのに髪がなびいた。
自分の中で答えが出た気分だった。
「清雅くん」
一ノ瀬が再度話しかけてくる。
「寒いし、中に入った方がいいよ」
そこで、一ノ瀬が警察の門を閉めようとしていることに初めて気づいた。
「すみません。
もう、そんな時間なんですね」
清雅は急いで一ノ瀬を手伝う。
そんな清雅の目を、一ノ瀬はじっと見ていた。
「ねえ」
門を閉めながら一ノ瀬が問う。
「清雅くんは、
裏切ったりしないよね?」
門を掴む清雅の手が一瞬震えた。
唾を飲み込み、自分の顔が引き攣った瞬間を一ノ瀬に見られたのではないかと心臓が高鳴る。
(裏切る……?)
清雅はぼんやりと考える。
(あやかし連合に出向くことは、警察を裏切ることになるのだろうか……)
答えぬ清雅を、一ノ瀬は下からじっと、探るような目で見つめていた。
(登場人物紹介)




