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明治維新がこなかった....(下)  作者: yuyuko50
第三章 信じるということ
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第52話 黒崎と一ノ瀬

一ノ瀬は綾小路の部屋を出ると、その足で黒崎の部屋へと向かった。




(黒崎さん、ずいぶん調子が悪いようだ)




わざわざ見に行かなくてもわかる。


部屋の前を通る時に、黒崎のひどく咳き込む声が聞こえてくるからだ。




一ノ瀬は何も言わず、黒崎の部屋の障子を開ける。




暗い部屋の中央に敷かれた布団に、奥を向いた状態で黒崎が横になっていた。




その横には、水桶と手拭いが置いてある。




一ノ瀬はそっと、手拭いに手を伸ばし、水桶の水を吸わせた後、硬く絞った。






黒崎は一ノ瀬がそばにいることに気づいていないようだ。




一ノ瀬は無言で黒崎の額に冷たくなった手拭いをおこうとした。




「何をしている?」




一ノ瀬の手首を黒崎の手が掴んだ。




「熱、あるでしょ?」




寝たままこちらを睨む黒崎の目を、一ノ瀬はまっすぐ見返す。




「余計なお世話だ」




黒崎が手を離すと、一ノ瀬は黒崎の額に濡れた手拭いを押し付けた。




「お前は馬鹿なのか!?」


まさか、手拭いを押し付けられるとは思ってもみなかった黒崎は、上半身を起こし、手拭いをはたき落とす。




落とされた手拭いを、一ノ瀬はじっと見ていた。




「何しにきた?」


鋭く問う黒崎には答えず、一ノ瀬は無言で手拭いを拾い上げ水桶に入れた。




「黒崎さん……」


珍しく下を向いたまま一ノ瀬は言い淀んだ。




「前に、僕の看病してくれたでしょ?」


相変わらず下を向いたまま話す。




「今度は僕が……」


「いらん!!!!」




言い捨てると、一ノ瀬に背中を向け、そのまま横になった。




「出ていけ!」


言って咳き込む。




一ノ瀬は黒崎の背中をさすってやった。




「お前は何もわかっていないな」


咳が落ち着くと、部屋の奥を見つめたまま黒崎が続けた。




「今、お前まで病に倒れたら、相良隊長が困る」




「わかってますよ」


一ノ瀬は乱れた布団をなおした。




「でも……」


正座したまま一ノ瀬は黒崎の背中を見ていた。




「放っておけないじゃないですか」




「……」




黒崎は返答に困った。




(本気で言っているのか?)




どんな顔で言っているのか、一ノ瀬の顔を見てやろうと思ったが、今振り向くのも癪だ。




「それと」


一ノ瀬は続ける。




「じっとしていたら、病は悪化しにくいみたいです」


そこでその場で立ち上がった。




「くれぐれも、無理をしたらダメですよ」


そのまま部屋を出て行った。




黒崎は暗い部屋の片隅に視線をやったまま何も言わなかった。


ただ、暗く沈みかけた気分が、かすかに晴れたような気はした。






数日たっても、いっこうに病はおさまる気配を見せず、咳をする隊士は増え続けた。




「綾小路さんは宿をとっていますが、実際は宿にはいません」


一ノ瀬は、相良の部屋で、綾小路の部屋の机の引き出しから持ってきた手紙をひろげていた。




「京都警察からの呼び出しの手紙です」




相良は無言で受け取った。




「報告が遅れたのは、本当に宿にいないかを確かめるため、しばらく僕が見張っていたからです」




「で、その宿には、誰も姿を現さなかったと?」




「はい」





「ふぅむ」


相良は顎に手をやり手紙をひらひらと光に照らす。


そこで静かに頷いた。




「この手紙を他に見たものは?」




「誰かが、見た形跡があります」




「なぜわかる?」




一ノ瀬はふっと笑顔になった。




「綾小路さんがその手紙を置いていくのも不自然ですしね。


 その手紙の上に、小さな石を置いてしばらく気づかないふりをしていたんです」




「その石が落ちていたと?」




一ノ瀬はこくりと頷いた。




「綾小路が京都に向かった理由は明白だ」


一ノ瀬が少し驚いた顔をする。




「しかし、綾小路の手紙を見た者が誰かはわからん」




「そうですね」




相良との話が終わり、一ノ瀬は部屋を出た。


ここのところ、テロリストの動きもなく、江戸は静かだ。


「病も流行ってるし、もうすぐ大つごもりだからかな」


ふっと笑って廊下を見たとき、かすかな眩暈を感じた。




「まさか」


一ノ瀬は眉をひそめる。




「まだわからないか。


でも、相良さんには近づかないようにしておこう」


一ノ瀬は自分の部屋へと急いで戻った。

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