第51話 死ぬんですか?
清雅が診療所に着くと、高岡のいる部屋の前に案内された。
中から苦しそうな咳が聞こえてくる。
部屋には複数人いるようだ。
清雅が障子に手をかけると同時に中から「近衛か?」と、高岡の声が聞こえた。
「そこ、開けるな。
お前にうつるかもしれない」
清雅は一瞬迷ったが手をおろし、そのまま廊下に正座して高岡に話しかけた。
「具合はどうですか?
俺……」
一瞬黙る。
「俺に、何かできること、ありますか?」
部屋が静かになった。
(これ、全員に聞かれているのかな?)
不意に清雅は恥ずかしさを覚えた。
「具合?
最悪だよ」
そこで高岡は激しく咳き込んだ。
「ほかにも隊士が二人ほどいるけど、みんな最悪だ」
「そうですか……」
(最悪って、どれくらいだろう……)
清雅はうつむくと、拳をにぎる。
「お前はさ」
高岡が話を続けた。
「このまま警察所に帰れ。
で、少しでも具合が悪いと思ったら無理するな」
清雅の沈んだ空気を読み取ったように高岡が明るく話しかけてきた。
「この病は、かかった時すぐに養生すれば、すぐには悪くならない。
俺たちはただの風邪だと思っていたから手遅れだったけどな」
「え?」
思わず清雅は頭をあげた。
「死ぬんですか?」
「死なねーよ」
高岡はため息をついた。
「動けないくらいになった。ということだ」
「……」
(やっぱり、良くないんだ)
清雅は立ち上がった。
(何か……何か助ける方法があるはず)
「俺さぁ」
清雅が帰ると思ったのか、高岡はしんみりとした声になる。
最後の会話かもしれないと思ったのだろうか。
「どうせ死ぬなら、戦いの場で死にたかったわ」
「高岡さん……」
清雅はかたく目を瞑る。
「やっぱり死ぬんですか……」
「死なねーよ」
(どっちだよ)
清雅は慰めの言葉も思い付かず、そのまま診療所を後にした。
もうすぐ正月を迎えるというのに、江戸の町は冷たい風が吹き、誰しも家から出るのをためらっていた。
そんな夜、綾小路は行燈に手紙を照らし、しきりに顎をさすりながら、一人うなっていた。
「うぅーん。
なぜ、京都警察は手紙をよこすのか」
そこでゴロリと仰向けに寝転がる。
手紙を両手で持ち、目の上に掲げた。
「私は式を使いに出したのに、返事は手紙でよこす。
数日無駄にしたではないか」
手紙を上に掲げた状態で目を瞑った。
(今、この場を離れると怪しまれるだろうな)
そのまま頭をめぐらす。
この男は眠ったふりをしている時は、大抵さまざまなことを思案している時だ。
ふいに、カラリと部屋の障子が開いた。
綾小路は、横目で部屋に入ってきた男の足元を見る。
(高階だったら寝たふりしようかと思ったけど)
むくりと起き上がった。
「紫苑くん、どうしたん?
珍しいなぁ」
声もかけず部屋に入ってきたのは一ノ瀬だった。
「何も言わず部屋に入られると、そのまま斬られるんちゃうかと思ってしまうけど」
「僕が綾小路さんを斬るわけないじゃないですか」
一ノ瀬は相変わらずにこにこと笑顔をたやさない。
「で、何しにきたん?」
「咳をしていないか見にきました」
「笑顔で言うけど、隔離する人を探しにきたってことか」
綾小路は苦笑した。
一ノ瀬は時々、怖い一面があるなと綾小路は思っていた。
(この子は何を考えているか掴みにくい。まあそれが面白いんやけど)
「そうそう!」
突然、思い出したように綾小路は手を叩いた。
「ここから近くて、そこそこ安い宿を探してくれるかな?」
「警察を出ていくんですか?」
鋭い一ノ瀬は瞬時に物事を理解した。
「ここにこのままいたら、危ないやろ?私」
「そうですねぇ」
「明日くらいから、宿へ移動したいんやけど」
「わかりました。手配しておきます。
ところで、高階さんは同じ部屋で?」
一ノ瀬は表情を変えず首をかしげる。
「ええわ。
高階には何も言わんで」
「そう……ですか」
一瞬、一ノ瀬は不思議そうな顔をしたが、追求はしなかった。
そして部屋を出る間際、目だけは綾小路の手紙を捉えていた。




