第47話 不穏な空気
警察所の角にある部屋。
高岡は喉のつかえがひどくなったと感じながらも、重田の穴埋めに職務に追われていた。
―― ゲホッゲホ
角の部屋から咳き込む音が廊下まで響き渡る。
今朝も数人、咳がひどくて寝込んでいるようだ。
(風邪をひく隊士が増えたものだ。
しかも、なかなか治らない)
自分も滅多に風邪などひかぬタチだが、今回ばかりは誰かしらからもらったのかもしれない。
「高岡くん、熱があるんとちゃう?」
廊下ですれ違った綾小路に声をかけられた。
「え?」
考え事で頭がいっぱいになり、綾小路とすれ違ったことさえ、気づいていなかったようだ。
腕組みをしてじっと高岡を見つめる綾小路の後ろから、高階が棒つき飴を口にいれ、咳が聞こえる角の部屋に目をやっていた。
「また、嫌な予感がしてきたわ」
「ただの風邪でしょ?」
いちいち大袈裟な綾小路に、高岡が眉をひそめた。
「だったらええけど、江戸の町も注意深く見ておけばいい。
みんな咳き込んでるよ」
「まさか」
(労咳など、やめてほしい)
「まあ、あまり無理せんことやね」
そう言うと、そっと口元に手を添えて、綾小路はその場を去った。
(俺が?労咳?)
高岡は嫌な気持ちをおさえこむように、大きく息を吐き出した。
その晩、一ノ瀬と相良は久方ぶりに月を見ながら二人で酒を飲んでいた。
相良は酒の入った徳利を傾け手酌する。
それを一ノ瀬が眠そうに見つめていた。
「ここに来て十年になるな」
ふいに相良に話しかけられ、前に倒れかけていた頭をぐいっと戻す。
「ようやく、相良さんの願った警察に近づいたのではないですか?」
一ノ瀬は目をこすりながらも愛想良く笑いかけた。
「あの頃は、隊士の命なんざ上の采配次第だったな」
「おかげさまで気丈夫に育ちました」
一ノ瀬が警察へ来た頃は、まだ十一だった。
それが、年を越せば二十二になる。
「早いものだ」
相良は優しげに一ノ瀬を見やった。
「ワシがここへ連れてきたせいで、苦労させたな」
一ノ瀬は、眠気も酔いも一瞬で覚めたように目を見開いた。
「そんな風に思っていたんですか?」
ふいっと相良は視線をはずし、あぐらをかいた自分の足元をみつめる。
「酒を飲むとしんみりした気持ちになっていけねぇな」
「本当ですね。
今宵は、この十年で一番物事が動いた日ですよ。
僕は、西洋の技術を、どう活かしていくのか、間近でみるのが楽しみで仕方ありません」
一ノ瀬は相良に酒を勧めた。
「僕は、相良さんと一緒にここで働けて、毎日が楽しいです」
そうにっこり笑う一ノ瀬の顔を、相良は胡散臭そうに見た。
「お前は本当によくわからん奴に育ったな」
ついでもらった酒をくいっと飲み干しながら、相良は一ノ瀬の頭をくしゃくしゃと撫でてやった。




