第46話 西洋の技術
城へ着くと相良たちが通された部屋は、以前、小笠原から叱責を受けた部屋より、一回り小さい所であった。
四人がそれぞれ下座へ座った頃、廊下を歩く音がした。
「一人だけだね」
一ノ瀬が、この男の癖なのか、すぐに人数を伝えてくる。
「お久しぶりです」
顔を出したのはルブランだった。
清雅は思わず頭を下げるのを忘れ、そのまま笑顔で返した。
「土下座とかはやめてください。
私はあなたがたとは対等だと思っているので」
「じゃあ」
言うと相良はそのまま、あぐらをかいた。
そんな相良の態度に、清雅と黒崎は思わず目を剥むく。
相良の隣に座していた黒崎は、思わず相良の膝をたたくが、それを見てルブランが「大丈夫です」と笑顔で返した。
「今日、お呼び立てしたのは……」
「うなぎ屋に行きそびれたことか?」
真剣な顔で話を始めようとしたルブランの口が、一瞬ぽかんと開いたままになった。
「えっと……
違います」
相良は笑った。
「相良隊長。
少し、悪ふざけがすぎませんか?」
さすがに黒崎がたしなめた。
清雅は一ノ瀬を見たが、一ノ瀬はなぜか目を瞑っている。
「相良……
呼び出したことで、気を悪くしているのなら申し訳ない。
実は、私は幕府のお偉方から、通商の話をもちかけられた」
結論を急ぐようにルブランは早口になった。
「今日は、そのことで、あなたに話をしたいと思って、きていただいた」
ルブランはそこで息を吐いた。
「私は、あの者たちに、私たちの国の技術を伝えるつもりはない」
その言葉に清雅は思わず唾を飲み込む。
一ノ瀬が目を開けたのがわかった。
「私は、するのであれば、信頼できる者と技術やモノのやりとりをしたいと考えている」
「つまり?」
先ほどまでの態度は消え、相良の顔からは、相手の真意を見抜くような、鋭い視線が放たれていた。
「つまりは……」
ルブランは一度目を閉じ、相良の目をまっすぐに見つめる。
「あなたを通して、取引をしたいと考えている」
部屋は静まり返った。
皆、誰かの次の発言を待っているようだ。
清雅は、自分の心臓が耳元で大きな音を立てているような錯覚を覚えた。
(西洋との取引を、警察の隊長が行う?)
一ノ瀬を盗み見た。
表情は全くかえず、姿勢を正して前を見ている。
前に視線をやると、黒崎の肩が、ほんのわずかに震えているのが目に入った。
技術。
つまりは、飛行船。
蒸気機関車。
銃。
などもさることながら、娯楽、教養。
それら全て、何が利があり、何が不必要なのか。
上が取り決めていたことを、警察所の隊長が取り決める。
そういうことなのだ。
それはある意味、日本のこれからを左右する、大きな選択肢を担うということに等しいのだ。
「相良…」
ルブランは不安そうに目を細める。
「やってくれるだろうか?」
相良は答えなかった。
代わりに、ゆっくり目を閉じると「なぜ」と一言、言葉を発した。
「なぜ、お前たちは、その技術を授けようとする?金のためか?」
黒崎は息を吐き出した。
なぜ。
なぜ、即答せんのだ、我が隊長殿は。
焦りが黒崎の背から伝わってくる。
「お金のためではありません」
ルブランは少し心外そうに眉をひそめる。
「前にも申し上げたとおり、私たちの目的は世界の幸せの均衡を保つこと。
これは世界の平和を保つことにも等しいのです」
相良は閉じた目をきつく瞑る。
「ワシらが、江戸の平和に手を焼いている中、お前たちは世界規模での平和活動に尽力しているというわけか」
清雅の手に汗が滲み出てくる。
(相良隊長は何を迷っているのだろう?ルブランの気が変わらないうちに、早く決めてしまえば良いのに)
「それは…」
ルブランは身を乗り出し、相良の顔を見やる。
「あなたのせいではない」
しばし沈黙が流れた。
「私は、ここに来るまでは、技術の提供が裕福につながると信じていました」
そこで首を左右にふった。
「しかし、ここには、それ以上のもの、もっと言えば、技術発展の代償に、我々が無くした大事なものがたくさんあった」
『ほう』
九曜が初めて声を上げた。
「技術発展は人も金も大きく動きます。
その時に、本当に大事な物まで失う可能性もある。
しかし、武士の魂を持つ、あなた達なら、それを防ぐことが可能だと思っているのです」
和魂洋才。
士魂商才。
まだ無いこの言葉。
それ以上に、妖と、伝統、多くの神と感謝、人とのつながり。
それらは守る必要のあるものだとルブランは感じていた。
ルブランは目を瞑り顔を上げた。
その目に焼きついた人々と江戸の町並みを思い浮かべる。
「どうか、私たちと共に、まずはこの国から、そして、いずれは世界を変える取引を、していただけませんか?」
相良は黙ってたいた。
そして、おもむろに立ち上がると、ルブランの前に歩み寄る。
ルブランも思わず、その場に立ち上がった。
相良は右の手をルブランの目の前に差し出した。
ルブランは、その手をじっと見る。
「今度は間違いないか?」
言うと口元を緩ませた。
「ええ。
完璧です」
ルブランは笑顔で返し、相良の右手を力強く握り、握手した。
握手をかわすルブランの顔からは、幸せとは他者を思いやる余裕をも生む、素晴らしいものであることが、伺い知れた。




