第43話 あらたな決意
『清雅、ワシはしばらく新井殿と話がある』
九曜は新井と共に、奥の部屋へと姿を消した。
清雅は居場所なさげに式台に座り、ため息とともに両手で顔を覆った。
「俺の母が妖……
兄上とは母が違うから、つまり近衛家では俺だけが人ではないということか」
「お前の母親は今、どうしてる?」
高岡は清雅の横に腰掛ける。
二人はそこから、どんよりとした空を見上げた。
「あまり記憶がないんです。
ただ、母上はずいぶん前に亡くなりました」
「そうか。
じゃあ、お前の母親のことを知っているのは、九曜だけということか?」
「いえ。
あとは、兄上も……」
そこで不穏な空気が流れたことに気づいた岩崎は、少し遠慮気味に距離をとって腰をおろす。
(兄があやかし連合の頭であることと、母さまの血のことは、何か関係があるのかもしれない)
『おぉい!
清雅ー!
もういいぞー!』
ふいに奥から九曜の声が響いた。
刀から出た九曜の声は、清雅以外の人にも聞こえるようだ。
「え?なに。もういいぞって」
「用があるなら九曜が来ればいいだろ」
清雅と高岡は後ろを振り返り、九曜と新井が消えた方を睨む。
「九曜って、私からすると、ものすごく強くて怖い妖なのですが、お二人はそんな感じなんですね」岩崎の声が震えていた。
三人が九曜の声のする方、本殿の奥へしぶしぶ足を進めると、そこには新井の膝枕に頭をうずめる戦国武者の九曜の姿があった。
『ほれな。
こんな感じなのじゃ。
妖と、妖の拠り所を作る刀匠の関係は』
新井は愛おしそうに膝の上の髭面の九曜の頭を撫でている。
バン!!!!
清雅は思わず部屋を仕切る木の扉を思い切り閉めて、視界から二人を消しさった。
『待て待て!すまんすまん!』
「近衛殿、すみません!
誤解です。
これは、その、いわゆる刀を磨くという行為です」
「それ、俺たちに見せる意味ありますか?」
清雅の冷たい声。
『刀匠と妖の仲の良さを見て欲しかったのじゃ』
「人と妖は、共に助け合って生きておる」新井も慌てて付け加える。
「だから近衛殿。
あなた様が人であるとか、そうでないとか心を痛めるよりも、もっと関係性を知ってほしかったのだ」
新井の言いたかったことは飲み込めた。
(その行き着いた先が、おっさん同士の膝枕か)
清雅は苦笑いしたものの、新井の気遣いに頭を下げた。
九曜はそれからしばし、新井との時間をゆったりと過ごした。
次会う時は、何十年か先かもしれない。
ならば、新井はもうこの世にいない可能性が高い。
「私が手がけた刀が、近衛様に受け継がれたのを見ることができて安心しました」
新井はくったくなく笑うと清雅に感謝を示した。
「妖の血をひく者には、代々、妖が宿る刀が受け継がれる。
その刀は妖の血をひく者を守り、正しい方向へと導く」
神社を去る時に、新井は清雅に九曜の重要性を話して聞かせた。
「もし、近衛殿が怒りに我を忘れ、妖の血が人の血を上回ろうとした時、九曜が必ずあなた様を止めてくださる」
清雅は”我を忘れる"という新井の言葉に不安を感じた。
「しかし……」
新井はそこで言葉を切った。
「九曜だけが、あなた様を支える役割をしているわけではなさそうですね」
言うと新井は、高岡と岩崎の目をじっくりと見つめた。
「近衛殿の周りには、近衛殿を信じる人が大勢いらっしゃる。
そして、近衛殿自身が、その方達を守りたいと思っていらっしゃる」
新井の言葉を受け、清雅の心に熱い思いが込み上げてきた。
「俺は、みんなのことが大切だし、みんなも俺のことを信じてくれている。
だから俺は妖の血が混じっていようとも、人として生きる。
そして、俺に大きな力があるのだとしたら、良き妖と、大切な人たちのために、それを使いたいと思っている」
清雅の言葉に新井は心底嬉しそうに微笑むのだった。




