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明治維新がこなかった....(下)  作者: yuyuko50
第二章 西洋人の江戸見学
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第36話 叱責

今朝は特に冷え込みがひどい。


皮膚が凍ったのではと思えるほどピリリと痛む。




特に傷口はズキズキと痛むもので、先日の戦いで負った傷が痛むのか、隊の誰もが眉根を寄せて起き上がってきた。




障子を開けると、庭が銀色に煌めいている。




「雪が降ったかー」




鬼頭は裸足で廊下に出て、床の冷たい感触を足の裏に感じながら手を袖の中へ隠した。




その横を、ものすごい速さで佐倉が走り抜ける。




「おはようございます」


 聞こえぬだろうと思いながら鬼頭は佐倉の後ろ姿に頭を下げた。




「あの様子では、ついに上から呼び出しがかかったか」




(この寒さで赴くのはずいぶん辛いだろう。


特に相良隊長は……)




鬼頭は顔を曇らせた。






「稔(とし)!」


佐倉は相良の部屋の障子を叫ぶ言葉と同時に開ける。




相良はまだ珍しく布団の中にいた。




「稔!起きろ!小笠原様がお前をお呼びだ」




「ん?ああ。


 小笠原に用はない」




頭まで布団をかぶっているため、声がくぐもって聞こえる。




「お前に用がなくとも、小笠原様には用があるのだ」




佐倉は言うと、布団をひっぺがした。





「佐倉さん、相良隊長は怪我人です。


 少しばかりご容赦いただけませんか」


見かねた鬼頭が入り口から声をかける。




「すまん。すまん。しかし、至急来いとのお達しだ。


 これで遅れてしまっては、さらに叱責をくらうこととなる」




相良はむくりと起き上がったが、そのまま無言で黒い羽織袴を身につけ始めた。




「相良隊長……」


鬼頭は相良の傷口に目をやる。


いまだ巻木綿からは、血が滲み出ているのが見えた。




「黒崎と共に出向く」


警察の装いに身を包むと、相良はひとことそう言って、そのまま部屋を出て行った。






馬で行くことはかなわぬ。


しかし、今のこの状態で歩いて向かうには体力が奪われ厳しい。




黒崎と相良は江戸城へ向かっていた。




朝五つ(あさいつつ)(午前9時)。


人々が仕事を始める頃合いだ。




相良は顔色ひとつ、愚痴ひとつこぼさないが、明らかに歩く速さが落ちてきている。




一ノ瀬はというと、昨晩から戻って来ない。


たまっていた職務をこなしている時は顔も見せないのがあの男だ。




(どれだけ働かせれば気が済むのか)


黒崎は唇を噛んだ。




相良も一ノ瀬も、毎日必死に職務をこなしている。




怪我をしても休む暇さえない。




(そして、急な呼び出しか)




城へ着き、中へ通されるとそのまま廊下をひたすら進む。




二人が通されたのは、白書院に近い一室だった。


畳の上には幕府の役人が何人も控えている。


その中心に小笠原の姿が見えた。


中は冬とは思えぬあたたかさであった。


冷え切った手足がじりじりと感覚を取り戻していく。




相良は傷の痛みに顔をしかめながら、膝をついた。




二人は両手を畳につき、頭を低く下げる。


決して目の前の男たちの顔を見ないこと。


できるだけ姿勢を低く低くすることが重要だ。




相良と黒崎の平伏する畳の上は、上座で座る者たちの場とは違い、冬の冷え込みがそのまま残っていた。





「相良」


小笠原がゆったりと声をかける。


尊大な態度は変わらない。




「こたびのこと、大いに問題であるぞ」


語気が荒い。


腹の底の怒りを抑えているのがわかる。




「ははっ」


相良は平伏した状態から、さらに額をこすりつけるほど頭を下げた。




「警察のいたらなさが露呈したと思わんか」


黒崎は相良の横顔を見た。


頭は下げているものの、目はまるで威嚇しているようにギラギラとしている。




「申し訳ございませんでした」


早々に謝った相良から、黒崎は視線を外した。




「私の出した指示を覚えているか」


「はっ」




黒崎は唇を噛み締めた。


歯の奥がギリギリと音を立てる。




「身を挺してでも西洋人を守れと」


「……」




相良の顔がかすかに歪む。


平伏し続けることで傷が痛むのだろう。




「……申し訳ございませんでした」


なんとか声を絞り出した。


手が自然と胸のあたりにいく。




「おそれながら」


見かねた黒崎が平伏したまま声をあげた。


その瞬間、横から相良の鋭い視線が黒崎に食い込んだ。




(余計なことは言うな)


黒崎を睨みつける目が明らかにそう言っている。




「なんだ?」


小笠原は上座から、這いつくばる2人を見て鋭く問い返した。





「相良隊長は、刺客に胸から脇腹にかけて斬られましたため……」


「知っておる」


黒崎の言葉を遮るように小笠原が続けた。




(知ってもなお、顔をあげることすら許されぬのかっ)


黒崎は怒りに肩が震えるのがわかった。






そこからの時間は、ただ、何を言われても相良が


「申し訳ございませんでした」


の言葉を続けるのみの時間となった。





一方的な問責がひととおり終わったところで、小笠原はようやく気分も晴れたのか、前のめりに座っていた姿勢をやめ、ゆったりと座り直した。




「相良、おもてをあげよ」


相良はしばらく動かなかった。


「よい」


再度うながされ、相良は頭をあげた。




体が硬直したように軋む。


長い時間、頭を下げていたせいか軽い眩暈がした。




「次、同じように問題を起こすことがあれば」


小笠原が続ける。


「警察は存在する意味がないということだ」




黒崎は怒りの限界に達していた。


これ以上、この男の言葉を耳にすることは、理性を破壊することと同意。




「そうは思わんか?」


小笠原は相良に問いを投げかけている。




相良の唇が動いた。


警察の存在する意味は大いにある。


しかし、ここでの回答は、どのみちひとつしか用意されていない。





「はっ。おっしゃるとおりかと」




小笠原は満足げに頷いて見せた。

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