第34話 それぞれの思い
一ノ瀬が江戸城まで護衛をして警察所に戻った頃、所では西洋人が斬られたことで、佐倉が一人頭を抱えていた。
そんな佐倉を尻目に、相良は一人一人の隊士の元へ訪れ、話を聞き出していた。
一ノ瀬が入り口の門を潜ると、そんな相良が待ち構えていたように出迎えたのだ。
「紫苑、大丈夫か?」
一ノ瀬は呆れた顔で上から下まで相良の姿を見やった。
「そっくりそのまま相良さんにお返ししますよ」
冷え込みも激しいこの時期に、小袖を着流し、はだけた胸から見える巻木綿からは、血の匂いが漂っている。
さっき斬られて黒崎によりかかりながら帰った男とは思えない。
「何かあったか?」
「え?」
相良の鋭い視線に一ノ瀬の目が泳いだ。
「清雅もおかしい。
もっと言えば、高岡もだ」
(この人は、どれだけ鋭いんだろう)
一ノ瀬は二人の態度が相良に何か怪しまれるきっかけを作ったのかと思った。
「清雅くんは、疲れているだけだと思いますよ」
そう言うと、一ノ瀬は急いで相良の前を通り過ぎようとしたが、その腕を相良が強く掴んだ。
「……っ、痛いです。相良さん」
元輝に斬られた肩の傷に激痛が走り、思わず顔をしかめる。
「すまん」
咄嗟に手を離した相良だが、まだ納得いなかい顔をしている。
「仲良く喧嘩しているところ申し訳ないけど」
柱の影から綾小路がひょいっと顔を出し、こちらを見ていた。
「一ノ瀬くん、怪我しているよね、肩。誰にやられたの?」
一ノ瀬の目が見開かれ、綾小路を射抜く。
「あの、遮那って刺客にやられた??
君が剣で渡り合って斬られるなんて、遮那はなかなか強い剣客なのかな?」
綾小路の言葉を聞いた相良の目が、不審そうに一ノ瀬の肩へと向けられる。
「綾小路さん、人が悪いなぁ。
僕だって無敵ってわけじゃないんだから」
小さく息を吸うと、にっこり笑った。
「じゃあ、疲れてるので。もう寝ます」
一ノ瀬は逃げるようにその場を去った。
一ノ瀬の去った方角を相良はしばらく見つめていた。
「問い詰めないの?」
綾小路が相良の横に歩いてくる。
「本人が言いたくないなら、今はいい」
入り口で冷たい風を受けていたせいか、相良の顔は青白く見えた。が、同時にいらだちも読み取れた。
「ずっと待ってた割には、あっさり諦めるから驚いた」
綾小路の言葉に相良の目のあたりがピクリと動く。
「お前、いつからそこにいた?」
「え?相良さんが、そこで紫苑くんを待っていたあたりからかな」
「暇人が」
「お互いさま」
二人はしばらく睨み合った。
清雅と高岡は同じ部屋で頭をつきあわせ、無言で下を見ていた。
「お前のこと信じるからな」
高岡がぼそりとつぶやく。
「だから、俺のこと、裏切るなよ?」
清雅は黙っていた。
兄のことがあまりに大きく、清雅の心を暗く重たく占めていた。
「高岡さんも一ノ瀬さんも、この警察も裏切るつもりはありません」
清雅は目を瞑った。
あの状況で、自分のことを信じてくれるこの二人に、清雅は心の底から感謝の気持ちが湧き上がっていた。
同時に、今まで好きでたまらなかった兄、元輝に対し、言いようのない怒りのようなものを感じる自分に戸惑っていた。
(これは、裏切られた気持ちからくるものか、それとも一ノ瀬さんを殺そうとしていた、そのことについての苛立ちなのか)
清雅は息を細く長く吐き出し、怒りの真相を探るように姿勢を正した。
「お前、これからどうする?」
高岡が話を続ける。
正直、どうしていいか自分でもわからない。
さっきも相良が話を聞きにきたが、清雅は己のことはおろか、岩崎のことさえ何も言うことができなかった。
(俺は、相良隊長に、隠し事ばかりしている)
そもそも、西洋文化を楽しみまくっていることも、死罪に値する。
(自分はいったい、何をどうすればいいのだろう)
急にがっくりとうなだれた清雅に、高岡は同情と心配の入り混じった視線を送った。
「そう言えば」
ふと、藤乃の言葉が頭をよぎった。
「俺の九曜を見たいと言う人が京都から来ているらしい」
「唐突だな。それと今の状況と何か関係があるのか?」
高岡は姿勢をくずし、あぐらをかいて後ろに手をついた。
「おかしいと思わないか?
九曜は妖が取り憑いている。それを見たいという人物が現れた」
「あやかし連合と関係があるのか?」
「わからない。
一ノ瀬さんに相談しようと思っていたけど……」
清雅はため息をついて下を見る。
「もう、あの人にはこれ以上、迷惑かけない方がいいんじゃないのか?」
高岡は清雅の肩を両手でつかんだ。
「あの人、多忙だし。
俺が付き合うからさ。不安なんだろ?」
(高岡って、こんなにいい奴だったっけ?)
清雅はまじまじと高岡の顔を見る。
「俺さ。一度仲良くなると、けっこう友達思いだから」
清雅が言葉にする前に、自分で言葉にした高岡であった。




