第31話 頭の誘い
清雅は何も見えていなかった。
ただ目の前で、一ノ瀬に向けられた刀が、その喉を貫き通そうとしていた。
それだけで体が動いた。
(助けなければ!)
気づいた時には一ノ瀬の細い体をきつく抱きしめていた。
「清雅くん、なんで?」
一ノ瀬の声がして、無事であったと心を撫で下ろす。
と同時に聞こえてきた、あまりにも受け入れ難い声。
「清雅
邪魔をするでない」
清雅は半ば耳を疑い、おそるおそる背後に目を向ける。
時が遅く感じ、高岡が駆け寄ってくる音が不思議とゆっくりと耳にこだました。
清雅の目は、背後にたたずむ男の顔形を捉える。
清雅の大好きな顔。
たくましい腕。
優しい声。
「なぜ?」
最初に口をついて出た言葉は、あまりにも単純でくだらなかった。
「なぜ、兄上がここに?」
(ああ、兄上も一ノ瀬さんを助けにきてくれたのか?)
頭が混乱するとはこのことだ。
京都から兄がここへ自分たちを心配して駆けつけてくれたのだろう。
そう思った。
理性は理解しているのに、脳が情報を書き換える。
清雅は兄の持つ刀に目を落とした。
べったりと赤い血がついていた。
清雅は一ノ瀬の肩や腹のあたりを見た。
真っ赤な血が着物を染めあげていた。
「兄上……」
言葉を選ぼうと頭をめぐらす。
「一ノ瀬さんを斬ったのですか?」
そう言葉に出した瞬間、清雅の目は憎悪に燃えていた。
にらみつけるような清雅の瞳に、元輝の顔が、一瞬ひるんだように見えた。
「話す時が来たようだ」
観念したように、元輝は刀を鞘におさめた。
高岡が静かに一ノ瀬と清雅の方へと回り込んでくる。
「清雅、お前にも……」
清雅は姿勢を正すと兄と正面から向き合った。
一ノ瀬と高岡に手出しができぬよう兄の前に立ちはだかる。
「あやかし連合へ来てほしい」
「……」
高岡が息をのむのがわかった。
しばしの沈黙。
清雅は澄んだ藍色の目で兄を見つめる。
「兄上は、あやかし連合の人ですか?」
「頭だ」
「いつから?」
「ずっとだ」
「……」
元輝は一歩、清雅ににじり寄った。
高岡が刀を抜いた。
一ノ瀬は表情ひとつ変えず清雅の背中を見つめている。
「隠していてすまなかった」
そこで頭を下げる。
「だが……」
元輝は、意志の強い眼差しを清雅に向けた。
「お前の母も、それをのぞんでいるはずだ」
突如、清雅の膝から力が抜けた。
地面に崩れ落ちそうになる瞬間、一ノ瀬が後ろから支えた。
「母さまが?」
頭が痛い。
これ以上、この話はしたくない。
清雅の周りに強い風が吹き荒ぶ。
頭のあたりを強く抑えた。
(母さまが?なぜ?)
一ノ瀬は頭を抑える清雅を後ろにやり、刀を構えた。
「引いてください。
もしこれ以上何か言うと、僕は本気であなたを斬ります」
先程までとはうって変わり一ノ瀬の纏う空気が変わる。
一部の隙も見せず、瞬時に相手の喉元を狙い、討ち落とす剣客の表情へと変貌していた。
「ここはひこう。しかし」
元輝は背中を向けた。
「清雅は返してもらう。
そしてお前たちは」
肩越しに一ノ瀬を睨みつけた。
「皆、近いうち死に直面することになる」
そう言い残すと、掻き消えるように姿を消した。




